3.6.責任


 群れの狼たちに、昨晩話し合われたことが伝えられた。

 その内容は……人間が俺たちを狩りに来るかもしれないという事。

 人間を見たことにない狼がほとんどで、いまいち危機感を持てていない狼たちであったが、人間の恐ろしさを知っている狼は目の色を変えて闘争心を燃やしているようだ。


 俺はその話を聞いて、責任を感じていた。

 何処からどう見ても、この話は俺のせいで起こった事だ。

 あの人間を逃がしてしまったから、このような事になったに違いない。


 俺が昨日、あの人間を見逃た後、ロード爺ちゃんにそのことを伝えた。

 ロード爺ちゃんは人間の事を良く知っていたようなので、その危険性についても知っていたのだろう。

 そこからオートに話が伝わり、こうしてこのような話になってしまったのだ。


 いや……俺のせいじゃん。

 完全に俺のせいじゃんこれ。

 いやでもそうだよ、ちょっと考えればわかることだったじゃん。

 こんなでっかい狼、人間が怖がらないはずがないんだよ。


 俺たちの姿を見た人間は、何とか逃げ帰って一体どうする?

 そんなの決まっているだろう。

 他の人間たちに報告をする。

 でっかい狼がいたぞ! と。

 その話を聞いた人間は、その狼のいる山に近づくこともできなくなる。

 それに、いつ山を降りてきて襲われるかもわからないのだ。

 人間たちは、自分たちの生活を安全なものにするために、“何とかしよう”と考えるだろう。


 そこで編成されるのが討伐隊。

 狼たちを駆除しようとする者たちが現れるはずだ。

 俺が見たあの人間は、どことなく冒険者風の出で立ちをしていた。

 構えた武器がナイフであることから、重火器のような物は存在しないだろう。

 魔法がある世界で、そんな物があるわけもない。


 俺が人間と少しでも仲良くしようとしたがために、このような結果になった。

 まだ人間はここに来はしないだろうが、それも時間の問題だ。

 こちらも何か手を打っておかなければ、ただやられるだけになってしまうだろう。


 そんなことはさせるものか。

 これは俺が招いたことだ。

 自分のケツは自分で拭かなくてどうする。

 だが、そのためには人殺しをしなければならない。

 そうしなければ、この群れを……家族たちを守ることはできないのだ。


 そう考えると、急に怖くなってきた。

 俺たちはこれから戦争をしなければならないのだ。

 狩りとは違う。

 狩りは生きていく為に、他の生物の命を頂戴する。

 だが戦争は、その命を投げ捨てるだけ。


 ……やはり俺は、人間を手にかけることはできそうにない。

 まだその時ではないというのに、決心すらできないのだ。

 実際に前線に出て何かできるとは思えない。


『……オールよ』

『……ロード爺ちゃん……』


 ゆっくりした足並みで、ロード爺ちゃんが俺に歩み寄ってきた。

 隣に来てゆっくりとした動作で座り込み、腕を枕にして伏せる。


『なぁロード爺ちゃん。なんであの時怒ってくれなかったんだよ……』


 ロード爺ちゃんは俺を見る。

 あの時、怒ってくれていれば、自分の過ちも分かったし、なんなら匂いを嗅ぎ分けてあの人間を殺すまでとはいかないが、怪我をさせることもできたはずだ。

 人間の危険性をよく知っているロード爺ちゃんが、なぜ怒らなかったのか分からない。

 普通であれば、怒られてもよかったはずだ。

 群れを危険に晒してしまっているのだから、当たり前である。


 それでもロード爺ちゃんは怒らず、優しく接してくれた。

 俺は、逆にそれが辛かった。


『……あれは教えていなかったわしらが悪い。お前たちには……人間を知らない子たちには……あのような事実を教えたくはなかったのじゃ』

『……』

『すまんな』

『謝るのは……俺の方だよ……』


 俺は丸くなって顔をうずめる。

 ロード爺ちゃんはそう言うが……それでもやはり、俺は責任を感じてしまう。

 とは言っても、俺が出来ることなど少ない。

 何をもって償えばいいのか、わからなかった。


 人間も殺せないだろうし、かといってこの状況を打開できるわけでもない。

 時間もないこの状況で俺が出来ることなど、本当に何もないのだ。


『オール。あの地図を見せてくれるか』

『う、うん』


 あの地図はずっと持っている。

 風魔法で毛の中から地図を持ち上げて、俺とロード爺ちゃんの間に広げる。


『人間は何処で見たのじゃ?』

『えっと……俺が一角狼と戦った場所がここだから……そこからこっちに行ったここだよ』


 片づけをしていた場所は覚えている。

 山の方角と、今いるこの拠点の方角を考えていけば、走って行った方角がなんとなく分かった。

 俺が人間と出会った場所は、あの場所から東北に行った場所であるらしい。

 ここは縄張りの外のようで、近くに狼たちが居なかったようだ。


『逃げた方角はわかるかの?』

『こっち』


 それも覚えている。

 その方角は北だ。

 北には二つほどの国があるようだが、その距離は非常に遠い。

 この地図がどれくらいの縮尺を持っているのかわからないが、拠点と縄張りの山の距離を見る限り、縮尺は結構大きいのだろう。


 だがあの人間は迷子になっていたようだし、逃げた先の方角に拠点があるとは思えない。

 ロード爺ちゃんはそれも考慮しているのだろうか。


『……ふぅむ……。東に小さな縄張り。そして西に三つ、北に二つある大きな縄張り……。となると……西じゃの』

『なんで?』

『この太い糸のような物がわかるかの?』


 ロード爺ちゃんの言っているそれは、おそらく国の境界線の様な物だ。

 それは西にある国を三つ、そして北にある国を一つ囲み、東にある小さな村を全て囲っている。


『わかるけど……』

『では、その中で一番大きな縄張りは何処かわかるかの?』

『北にあるこれかな?』


 おそらく支城と思われる城に挟まれるようにして立っている一番大きい国。

 この国の上だけは、文字がとても太く描かれているので、それが大きい国だという事がわかる。


『敵のリーダーはそこにおる』

『……ってことはもしかして、そのリーダーが俺たちを狩りに来るってこと?』

『間違ってはいないが、付け足さなければならぬことがあるの』

『それは……?』


 ロード爺ちゃんは深く息をついてから答えた。


『わしらの毛皮。これは人間どもにとっては非常に高価な物であるらしい』

『!』

『過去に戦った人間が、そう言いながらわしらに向かって来たのじゃ。勿論、返り討ちにしたがの』


 俺たちの毛皮……。

 人間はそのためだけに……狩りに来るのか。


 だがそうか……。

 そういう事なら、ロード爺ちゃんがどうして敵の来る位置がわかったのか理解できる。

 俺たちの毛皮がそれだけ高級な物であれば、人間がまず最初に誰に報告するのかは見当がつく。


 国王だ。

 まず最初に権力者に報告するのが普通だろう。

 報告を受けた国王は、毛皮を採取するために討伐軍を編成するはずだ。

 その場所は勿論、王都。

 そして王都は北にあるため、ロード爺ちゃんは北から敵が来ると踏んだのだろう。


『オールよ。お前には子供たちを守ってもらうという重要な役を背負ってもらう』

『え……でも』

『でもも何もない。これはわしらの責任じゃ。だがお前の背負っている責任の方が圧倒的に重いだろう。だからこそ、お前には子供たちを守って欲しいのじゃ』

『……わかった』

『それに……もしかすると……』


 ロード爺ちゃんはそう言って一度俺の方を見たが、すぐに目を伏せて首を振る。


『いや、妙な考えはよそう。オール。西に罠を張るのじゃ。ベンツもそういう魔法を持って居ったな。ベンツも連れて行くのじゃ』

『わかった』


 俺はすぐに立ちあがり、罠を張るためにベンツを呼びに行く。

 俺が出来ることを考えてくれたロード爺ちゃんに感謝しつつ、俺は家族を守るために走り出した。


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