3.3.会議


 夜……。

 ロードはいつもの台座に座り、仲間が来るのを待っていた。

 これは群れ全体に知らせていい話ではない。

 そう思い、暗い内に招集させたのだ。


 招集させたのは四匹。

 オート、リンド、ルイン、そして最後に、ナックだ。

 ナックは入ってきた群れの副リーダー的存在であり、以前オートが倒したリーダーから他の群れを守ってきた狼だ。

 その実力は確かであり、相当強い。

 ナックは群れを助けてくれたオートに、深い忠誠を誓っている。


『待たせた』

ワフワフおまたせしました


 まず来たのは、オートとリンドだ。

 ロードはリンドとナックの言葉は理解できない。

 だがなんとなく言っていることはわかるので、会話に支障はない。


 次に、ナックがルインを連れてやってきてくれた。

 これで、とりあえず全員がそろったようだ。


 会議を始める前に、防音壁を張る。

 これは闇魔法で作ることのできる魔法だ。

 外からの声は中に入らず、中からの声は、外に漏れないようになっている。


 魔法の発動が終わったことを察知したオートは、すぐにロードに質問を投げかけた。


『ロード。話とは一体なんだ』

『回りくどいのは嫌いだから先に言うがの、オールが人間を発見して逃がしてしまったらしいのじゃ』

『なんっ!』

『あれぇ……』


 その言葉に、オートとルインだけが驚いた表情を見せる。

 ナックとリンドは、そもそも人間という生物を見たことがない。

 故に、何故そんなに驚いているのかよくわからなかったのだ。


『人間とは一体どのような生物なのでしょうか?』

『過去に……俺たちの群れを全滅寸前にまで追いやった種族だ。それを知っているのは俺とロード、そしてルインだけ』


 オートがまだ子供であり、ロードとルインが現役だった頃。

 縄張りの見回りをしていた狼が、人間を発見したが、肉がなさそうで不味そうだという理由から逃がしてしまった。

 そのたった一つの原因で、オートたちがいた過去の群れは危機を迎えることになったのだ。


 逃げていった人間は、この狼の種族を知っていた。

 放置していれば危険な存在になるという事を。

 人間は討伐軍を編成し、この狼たちの殲滅作戦を実行したのだ。


 今回の状況と、昔の状況はほぼ一致していた。

 オールが人間を見たが、逃してしまった事。

 これはどうしようもないことだ。

 教えていなかったオートやロードが悪いのだから。


 だが、自分の子供たちに、己の辛い過去など語りたくもなかった。

 それ故に、話せずにいたのだ。


 とはいえ、もうなってしまったことはどうしようもない。

 オールが逃した人間が、怯えながら逃げていったという事を聞いたロードは、危機感を持っていた。

 恐らく、その人間はこの狼たちの種族名を知っており、その危険性も知っている。

 過去と同じ惨劇が繰り返されようとしているのは間違いないだろう。


『とはいえ……おそらく時間にはまだ余裕がある』

『根拠は?』

『どうやらその人間、地図を落としていったようでな。帰り道を見失っている可能性がある。それに、人間の群れが来るのにも時間はかかるだろうな』

『その前に……何とかできないか?』


 過去を知っているだけあって、オートも少し不安げな表情を見せる。

 それに対し、ロードとルインは落ち着いていた。


『オートさんや。まだ大丈夫よ。落ち着いて、貴方は貴方のしなければならないことをしなさい。ナック、貴方はオートの補佐をしてね』

『了解であります!』

『明日にでも、この事を群れに伝えよう。それから……敵の来る方角を知っておきたいな』

『それはわしとオールに任せよ』

『オールですって?』


 ロードのその発案に、不安の声を露わにするリンド。

 ここでまさか自分の息子の名前が出てくるとは思わなかったのだ。

 それに反応し、ロードは答える。


『心配するでない。オールには匂いを辿ってもらうだけじゃ。わしはオールの持って帰ってきた地図を見る。流石のわしも、次期群れのリーダーを前に出そうなどとは思っておらぬわ』

『わ、わかりました』


 その言葉に、安心と喜びの感情が湧いてくる。

 オールは、今現在のリーダーであるオートにも、そして、過去にリーダーであったロードからも認められているのだ。

 それを喜ばないはずがない。


『付かぬことをお聞きしますがよろしいでしょうか』


 そこで、ナックが声を上げた。

 ナックはオートに向けての質問をしようとしているようで、オートの顔をじっと見る。


『何だ』

『過去に一度、人間と戦ったのでしたら、奴らの使う魔法などを教えていただけると嬉しいです。それと……結果、人間には勝てたのでしょうか……?』


 今それを聞くのかと、リンドは少し驚いたが、ナックの聞いたこの二つの質問は、とても重要な物だ。

 相手の使う魔法がわかれば、それに合わせて有利になる魔法をこちらで放てばいい。

 敵を知るという事は、勝つことに直結する。


 そして最後に、人間に勝利したかどうかという質問。

 人間に勝っているかいないかで、前回の戦い方と何かを変える必要性が出てくる。

 それは必然だ。


 オートはロードを見る。

 オートは当時小さかったため、人間に勝ったかどうかという記憶は持っていない。

 その時は、逃げるだけで精いっぱいだったという事を記憶している。


 ロードは昔を思い出すかのように、一度空を見上げてからナックの質問に答えた。


『負けた……の』


 結果は負けた。

 只でさえ数の少ない群れだったのに対し、人間は何百何千という数を持って当たってきたのだ。

 それでも、人間も随分痛手を負ったはず。


 逃げる結果にはなってしまったが、それでもまだ生きている。

 何とか逃げ延び、こうしてまた仲間を増やすことが出来たのだ。

 今回は仲間にも恵まれ、強い味方も多くいる。


『今回はワシらが狩る。そして勝つ』


 もう二度と、あのような惨劇は繰り返したくない。

 そんな場面を、子供たちにも見せたくはないのだ。


『時が来たら、オートとナックは群れを指揮せよ。ルインは湖で待て。わしとオール、ベンツ、ガンマは子供たちの護衛に当たる。リンドも近くにおるのだぞ。良いな』


 ロードの指示に、全員が頷く。

 それぞれの得意分野を発揮するためには、この配置が一番良い。


 まだ人間が攻めてくるのには時間がかかるだろう。

 その時までは、準備をすることにするのだった。


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