2.15.指示された狼たち


 ベンツ、ガンマ、そしてオールが敵を倒し、敵のリーダーの所へ本格的に向かっていると同時期。

 少し厄介なことになっていた。


 ここはお爺ちゃん狼とお婆ちゃん狼であるロードとルインがいる場所だ。

 他にも、リンド、そして子供を孕んでいるメス狼、その番であるオス狼がいる。


 縄張りの中央に位置する場所なので、敵が来ても今外周を警戒している仲間たちが対応をしてくれるはずなのだが……。

 今まさにこの場所に、十匹の敵狼が五匹を囲うように配置して、襲うタイミングを見計らっているのだった。


『はて……他の味方はどうしたのだろうか』

『わかりませんねぇ……。私はもう鼻が利かないので、状況は把握できません』

『わしもじゃ』


 昔は鼻が利き、少しであれば遠くの様子も把握できたのだが、もうできない。

 若いころを懐かしむ余裕が何処にあるのだろうかと、リンドは少し呆れた様子で二匹を眺めていた。


 リンドはこの二匹と会話をすることはできない。

 それに加えて、今まともに戦えるのはオス狼だけだとリンドは思っていた。

 実はこの二匹の実力を、実際に目で見たことがなかったのだ。


 自分は回復を専門にして今まで戦ってきた為、戦闘は全てオートに任せていた。

 だが、今オートがここにいない状況で、この数の敵と戦うのは絶望的だ。


『何を怯えておるのじゃ? この子は』

「ワフ……」

『私たちを気遣ってくれているのですよ。もう歳ですし』

『あぁ~そうかそうか。優しいのぉ~。流石オートのメスじゃ』


 違うそうじゃない。

 そう言いたかったが、言葉が通じるはずもないのでリンドは静かに口を閉じ、心の中でそう叫んだ。


「ガウガウ!」

「グルルルル……」

「ガルルルル……」


 味方のオス狼が、顔にしわを刻んで相手を威嚇する。

 だが、それに全く動じない敵狼。

 じりじりと距離を詰めながら、どうやって攻め立てようかと思案しているのが見て取れる。

 このままではいずれ、総攻撃を喰らって全滅してしまう。

 だが、それは杞憂に終わった。


『ほい、水狼』


 お婆ちゃん狼のルインが、水魔法を使って十匹の水狼を作り出した。

 この魔法はオールが使用していたのでよく覚えている。

 だが、オートはどう頑張っても三匹までしか作り出すことが出来ないと言っていた。

 それを、ルインは十匹も作り出したのだ。

 これで……数ではこちらが優勢になった。


『む、まだまだ現役ではないか』

『有難う御座います。ですが衰えました……。昔は三十は出せていましたのに』

『そう言われてはわしが自信を無くすのぉ……。ま、ルインに任せっきりというのはあれじゃな。わしもちょいと遊ぼうかの』


 二匹はぺたりと地面に伏せをして、くつろぐ体勢へと変更した。

 そして、お爺ちゃん狼のロードがトンと地面を叩く。


『土狼の崖』


 地面が大きく揺れ始めた。

 そして、一拍おいて半径十メートル四方に大きな壁が作られる。

 それは狼の群れがこちらに迫ってくるかのように、土の狼が狼を乗り越えてどんどん高くなっていく。

 一体何メートルあるのだろうか。

 その高さは数字のわからない狼では表すことが出来なかったが、確かに崖と呼ぶに相応しいほどの傾斜と高さを有していた。


 これで逃げ道をなくした味方と敵。

 だが味方まで閉じ込めてしまったら何の意味もないのではないだろうかと思っていた。

 こちらが敵と倒すか、敵がこちらを倒すかの二択になってしまっているのだから。


 ロードのその行動に、敵も少し驚いているようだ。

 だがやることは変わらない。

 魔法で数が増えたとしても、所詮は魔法。

 こちらも魔法で対抗すればいいと考え、敵狼たちはまた構えを取った。


『む? 昔であればこれで負けを認める筈だったのだが……。はて、迫力が足らなんだか……』

『ロードさんが何処まで人の里のことを知っているかはわかりませんが、一生に見るか見ないかのような物、私たちにはわかりませんよ? もっとわかりやすくしないと』

『確かにのぉ~……。ん~オールは喜んでおったのにのぉ……』


 ここでようやくリンドは理解した。

 余りにも護衛の数が少なすぎる。

 それに疑問を持っていたが、リンドはオートからここは安全な場所だからと教えられていた為、そう考えていた。

 だがそうではない。


 この場所が安全というのは、この二匹。

 ロードとルインがいるから安全だという事だったのだ。


 次の瞬間、水狼が動き出した。

 一匹に対し一体の水狼が向かって行く。

 その動きは作り物ではないかのように滑らかであり、細部にまで渡って再現されている。


 敵狼は水狼に向かって魔法を放つ。

 風魔法のようで、空気の弾丸の様な物だ。

 水狼はそれを避けるが、追尾してきて直撃する。


『あらぁ……当てちゃったねぇ……』


 水狼に攻撃が直撃した瞬間、爆発が起きる。

 だがそれは周囲に影響を及ぼす爆破ではなく、一点のみに衝撃波を放つ物だ。

 その攻撃は魔法を放った敵狼の方に目がけて発射された。


 ドウ!


「ギャウ!?」


 連続で一点方向による衝撃波が放たれ、敵狼は全て吹き飛んでいった。

 だが、そんなに強力なものではなかったようで、敵狼たちは 体勢を空中で立て直して着地する。

 戦意はまだ失われていない様だ。


『ルイン。わしの見せ場なんぞいらんのだぞ?』

『まぁまぁ、せっかく久しぶりにそれ使うんですから、ちょっとは楽しみなさいな』

『まぁよいがのぉ』


 どうやらルインはわざと威力を抑えていたらしい。

 ロードは少し呆れながら、先ほど発動させた土狼を動かす。 


 土狼の崖の一番下。

 そこから土で作られた狼がわんさか湧いてくる。

 それが四方から突撃してくるのだ。

 敵からしたら恐怖でしかないだろう。


 大きな足音を立てて、土狼が敵狼に向かって行く。

 その数は……数えきれない。


「ギャウ!?」

「クゥ……」


 途切れない数の土狼に、流石の敵狼たちも委縮してしまった。

 逃げようにも四方に土狼の壁が作られているため、逃げることも叶わない。

 だがそれでも土狼の進軍は止まらない。

 雪崩のように突っ込んでくる土狼に対し、もう成す術はなかった。


「「「キャイィイイン!!」」」


 敵狼たちがそう叫んだ。

 その瞬間、ぴたりと土狼の動きは止まる。

 次に来る攻撃に備えて身を縮めていた狼たちは、おどおどとしながら顔をあげた。


『まぁこんなもんじゃろ。全く……お前が速く終わらせればいい物を』

『私は生かすのが下手なんです。殺す戦いは私が、仲間を増やす戦いは貴方が。いつもそうではありませんか』

『いやはや、忘れていたよ』


 二匹はそう話した後、ようやく顔を敵の狼たちに向ける。

 ロードはその間に土狼を解除して、地面を平らにならしていく。


『では……お前たちはとりあえずオートが戻るまで大人しくしておれ』


 ロードの指示に、狼たちはビシッと立ってそれに応える。

 この狼たちは既に負けを認めている。

 それは先程の声からして明らかだろう。


 ルインも言ったように、ロードは仲間を増やす戦いが得意……要するに降伏させるのが得意なのだ。

 そのやり方は、先程のような圧倒的物量、もしくは強大さによるやり方が主である。

 そうしながら、ロードはかつて群れのリーダーを務めていたのだ。


『さて、味方も増えた……。わしは寝るぞ』

『はいはい』


 そう言って、ロードは腕を枕にして眠り始めた。

 戦闘が終わった後でよく眠れるなと思いはしたが、あれだけの魔法を使えば消耗も激しいはずだ。

 寝てしまうのも仕方がないだろう。


『……ルインさんとロードさんて……強いんですね……』


 回復魔法の必要ない戦いは非常に珍しい。

 最低でも敵か味方、どちらかは怪我をするものである。

 だが、ロードはそれを阻止した。

 なかなかできることではない。


 兎にも角にも危機は去った。

 後は……皆の帰りを待つだけである。

 

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