2.6.Side-ガンマ-力比べ


 今は豚頭の魔物と、五匹の狼と対峙している。

 狼のうちの一匹は、目を青く光らせて豚頭の魔物を凝視していた。

 魔力を感じ取ってみると、豚頭の魔物から微かではあるが、狼と同じ魔力が感じ取れる。


 何の魔法でこの魔物を操っているのかは全く分からないが、それでも強力な魔法だという事は俺でもわかった。

 自分より大きな魔物を操るのは相当難しいからである。

 と、ガンマは思っているのだが、実際はそんなに難しい事ではない。


 敵の狼が使用している魔法は闇魔法の傀儡。

 自分の魔力が敵より多ければ使用可能な魔法だ。

 しかし、非常に精度の高い魔法なため、どのような大きさの生物であれ一体しか操ることはできない。

 それに加え、相当な集中力が必要とされるので、術者は動くことが出来ないというデメリットもある。

 実際、操り始めてから、敵の狼は一歩も動いていない。

 そのため、敵の狼は護衛をしてもらうために、他四匹の狼を隣に置いているのだ。


『いくぜ!』


 身体能力強化の魔法を使用して肉体を強化する。

 それと同時に地面を蹴り、豚頭の魔物へと向かって行く。


 敵の狼は俺の動きに気が付いたのか、すぐに豚頭の魔物を動かして反撃に出た。

 棍棒を大きく振りかぶり、タイミングを合わせて頭部に向けて振り下ろす。


 俺は他の皆に比べて足が遅い。

 だから攻撃するタイミングなどは簡単に見切られてしまう。

 しかし、俺にはそれを覆すほどの強力な力があった。


『効かん!』


 棍棒が振り下ろされる刹那、前足で急ブレーキをかけて尻尾で棍棒を弾き返す。

 踏み込んだ前足は少し地面に沈んだが、この程度問題はない。

 それからすぐに跳躍して後方へと下がり、棍棒の状況を見てみる。


 尻尾で弾き返された棍棒は、大きくひしゃげていた。

 もう使えはしないだろう。

 武器破壊成功だ。


 敵の狼はその威力を見て少したじろぐ。

 だが術者である狼だけは落ち着いていた。


 すぐに棍棒を捨てさせ、近くにあった樹木の前に立たせる。

 一体何をするのだろうかと見ていたが、次の瞬間、豚頭の魔物は樹木に腕を回して地面から引き抜こうとし始めた。

 それは非常に強い力であり、腕を回している樹木の一部がバギっと凹む。


 そして樹木を強引に引っこ抜く。

 よたよたとしているが、その後はしっかりと樹木を構えた。

 それにより相当な負荷がかかったのか、豚頭の魔物の体からは嫌な音が鳴っている。


 傀儡は無理に力を上げることもできる魔法だ。

 勿論肉体はただでは済まないが、術者である狼は武器がないと勝てないと判断したのだろう。


 根っこと土がついている樹木を大きく振り上げ、重さを利用して俺目がけて振り下ろしてきた。

 想像以上に速い速度で振り下ろされたため、回避はできない。

 回避しようとすれば木の枝のどこかに捕まってしまうだろう。


『だったらぁ! ぶっ壊す!』


 前足を下げて腰を上げる。

 犬で言う伸びの体勢を作り、それから前足に極限まで力を貯めた。

 赤い稲妻はほとばしり、筋肉が膨張する。


『どぅおらああああ!』


 前足を伸ばし、後ろ脚を蹴る。

 タイミングを見計らって、振り下ろされた樹木に飛び掛かり、頭突きを繰り出した。

 これだけ太い樹木に頭突きを繰り出すなどという事は誰も考えないだろう。

 壊れるはずもないのだから。


 ゴツン!

 という鈍い音が響き、敵の狼たちは勝利を確信する。

 呆気なさ過ぎたと言いたいように、欠伸をする狼もいるようだ。


 がしかし、それはすぐに緊張へと変わる。


 ベギィッ!


「グル!?」


 その光景を、敵の狼たちは自分の目で見ていたはずだ。

 だからこそ、今目の前で起こったことが信じられないのかもしれない。


 ガンマは、その太い樹木を頭突きだけでへし折り、真ん中から割った。


『っしゃどんなもんじゃぁあい!』


 いって~~!!!!

 流石に硬かったぁ~!

 涙出るほど痛いけど流石にそれはかっこ悪いから我慢だぁ!

 いってぇー!!


 んでもってやりやがったなぁ……あいつらぁ……!

 やりたい放題やりやがってぇ!

 今度はこっちの番だ!


 敵は物を使って攻撃してきたので、こちらも対抗して物を使いたい。

 しかし、あのように樹木を引っこ抜きなんてことはできないので、別の物はないかと周囲を見渡してみる。


 すると、自分と同じくらいの大きさの岩が佇んでいた。

 それにのそのそと近づいていってから、豚頭の魔物の方を見る。


 敵の狼は一体何をする気なのだろうかと、ガンマの動きを注意深く観察していた。

 下手をすればこちらにも攻撃が飛んでくるかもしれないと思っていたからだ。

 しかし、狙いは敵の狼ではなく、豚頭の魔物だ。


『よーくみてろよお前ら!! これが……爺ちゃんから聞いたボール遊びだ!』


 そう吠えた瞬間、前足でその岩を蹴る。

 ゴウッという音と共に、岩は勢いよく飛んでいった。

 その速度は……プロ野球選手が投げる野球ボールと同じ速度だろう。


「きゅぷ──」


 軽々と蹴り飛ばされた岩の速度に対応することが出来ず、豚頭の魔物は顔面からその攻撃をもろに喰らった。

 体は一瞬で潰されてしまい、岩は周囲の木々をなぎ倒しながら止まることなく進んでいく。

 十回ほどバウンドしたところで、ようやく止まる。

 止まった岩には、くっきりとガンマが蹴り飛ばした足の跡が残っていた。


 ちょっと凹んだから全力で蹴れなかった……。

 ま、倒せたからいっか!


『お・ま・た・せ(激おこ)』

「キャイイイン!」


 狼の悲鳴がその場に木霊したが、それを消し飛ばすかのように地響きが鳴り響いた。



 ◆



 地面は抉れ、木々はなぎ倒されている惨状が広がっている。

 そこに立つ一匹の灰色の狼。


『ふんっ』


 敵の狼は、降伏したにもかかわらず吹き飛ばされた。

 非常に苛立っていたので、とにかく一発入れておかなければ気が済まなかったのだ。


 正直すまんとは思っているが、後悔はしていない。

 あ、でもこれ……絶対にベンツとかに見られたら怒られるよなぁ……。


『戻そ……』


 伸びている狼を一か所に集め、自ら掘り起こした土を戻し、なぎ倒した木を一カ所に集める。

 戻した土はまだ柔らかいため、踏んでしまえば足が沈む自然トラップになっているが、こんなバレバレのトラップを踏む奴などはいないはずだ。

 他の場所とも色が違うのだから。


 倒してしまった木をどうするかは、後々考えることにする。

 こういうのは兄さんに任せておけば、何かといい処理方法を考えてくれるはずだ。

 お前が炎魔法を使ってくれたらな、という約束のセリフ付きではあるが。


『おっしゃ!』


 数分でこの辺りは平らになり、倒れた木も一か所に集めたため、随分と綺麗になった。

 これであとは兄さんの所に戻ればいい。


 さぁ行こうと思って、踵を返して歩きだす。

 すると、嗅ぎ慣れた匂いがした。

 この匂いは……。


『ベンツ?』


 どうやらとても近くにいるようだ。

 一体何処に居るのだろうと思って見渡してみると……。


『……あ』

『…………がぁんまぁ……?』


 ベンツが先程埋めなおしたばかりの自然トラップに埋まっていた。

 埋まりすぎて腹が地面についている。


 ベンツの高速移動は目では追えない。

 それは自分も同じであり、視界が狭くなって目で相手を捉えることはできないので、ベンツは匂いを頼りにして行動する。


 要するに……匂いだけを頼りにしてこちらに移動してきたベンツは、色の変わっているトラップを回避することが出来ず、勢いよくはまってしまったのだ。


『地面から……ベンツが生えてる……』

『ガンマぁ!!』

『ごめんなさぁい!!』


 ベンツをそのままにして、俺は即座に兄さんの匂いのする方向へと走ったのだった。


『あ! ちょっと待て助けろガンマ!! ガンマぁ!! こらーーーー!!』


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