1.6.ちょっとした危険
あれから四日。
完全に意気消沈した俺たちは、暫く外に出るのは止めようという話しで落ち着いた。
流石に落雷が落ちてきたと錯覚するほどの大声を向けられれば、誰だって縮こまるに決まっている。
なにせ洞窟に入ってきた瞬間から、お父さんの顔はもう雷雲だった。
あんな恐ろしい顔なんて出来るんですね狼って。
俺知らなかったよ。
お父さんだけは一生怒らせないことを誓った俺たち三匹は、大人しく洞窟の中で狩りごっこの練習をしている。
大人しくとは一体。
だが、この狩りごっこは馬鹿にならないもので、これをし始めてからという物、怪我を一切しなくなったし、洞窟の中でもすばしっこく走れるようになっていた。
これだけ狭い洞窟の中で、ここまで動ける様になっているのだから、外に出たときはもっと動けるようになっているはずだ。
今回は俺が鬼で、ベンツとガンマに逃げてもらう役をして貰っている。
俺はまずガンマを集中的に追い回す。
狙われているのがガンマだと気が付いたのか、ベンツは少し離れたところで俺たちの様子を見ていた。
だが、ガンマはベンツの方に徐々に近づいていく。
ガンマが近づいてきたので、ベンツはそそくさと移動しようとこちらから目線を離した。
『その瞬間を狙っていたぁ!』
『うぇ!?』
身を翻してベンツに跳びかかる。
ベンツは逃げようとして足に力を入れるが、気がつくのが遅れたベンツはあっさりと俺に捕まってしまった。
『ぃよっしゃー!』
『わーん! また全力出せなかったぁ!』
とりあえず捕まえたのでモフりまくる。
これはご褒美なのです。
『また兄ちゃんの作戦勝ちだね~』
『ガンマこっち来るなよぉ!』
『いやちょっと気にして無くって……』
『隙ありじゃぁ!』
『ぬわぁああ!!』
会話をしている暇があったら逃げなさい。
そう心の中で呟いた瞬間、今度はガンマに跳びかかる。
ガンマはその動きに反応こそした物の、逃げることは叶わず、俺に転がされてモフモフされた。
『嘘だぁ!』
『油断大敵ぃだぜぇ! うりゃりゃりゃっ』
『くぅーっそぉー!』
悔しがるガンマのお腹をモフモフ。
こいつはちょっと腹を見せることが多い気がするが、まぁどうでもいいか。
狩りごっこが終わったので、俺たちは洞窟の水が湧いている場所に歩いて行き、休息をする。
昔に比べて動けるようになってきたし、息も全く切れなくなった。
確実に体力がついてきていると言うことを身で感じながら、水を飲む。
『んーどうしたら兄ちゃんに勝てるんだろう』
『ベンツは追いつけるからいいじゃん。俺追いつけない』
『追いつけても逃げるんだもん。捕まえられないんだよ』
『はっはっはっは。精進しなさい』
今の所、俺は全戦全勝している。
ベンツは速いが、急に曲がったり止まったりすると、明らかに速度が遅くなるから避けやすい。
自慢の速さもジグザグ走行を前には発揮できないらしい。
それから不意を突いて上に跳んで逃げたりすれば、捕まることは無かった。
ガンマは普通に足が遅い。
だが、力は俺以上にあるので、捕まれば絶対に逃げられないだろう。
まぁ捕まればの話だが。
二匹のことをずっと見ているから出来る芸当ではあるのだが、そもそも前世の記憶を持っている俺に死角はない。
二匹には自分で考えて、俺を捕まえて欲しい。
『……?』
『何だろこの匂い』
『二匹もわかった?』
洞窟の入り口前で、嗅いだことのない匂いが漂ってきた。
その匂いは動いているようで、ゆっくりとこの洞窟の中に入ってきている。
父親はそれに気が付いたからなのか、恐ろしい勢いでこちらに向かってきているようだった。
何か生きた生物が、この洞窟に入ってきたのだ。
それは三匹全員が理解していた。
父親が帰ってくるのは、最低でも五分程度かかる。
今洞窟前にいるのが俺たちを食べるために入ってきた生物であれば、その時間は俺たちを殺すのに充分すぎる時間だろう。
この洞窟は浅い。
隠れようにも隠れられるような所はない。
『ど、どうする?』
『……兄ちゃん! 俺たちでとっちめようよ!』
『え?』
ガンマが自信満々にそう言った。
確かに戦えば時間を稼ぐ事は出来るだろう。
しかし、それはあまりにも危険なことだ。
俺たちはただでさえ小さな体。
父親や他の狼に比べれば、まだまだ子供だし、力もあまりない。
ガンマの力強さは、俺たちと比べれば一番強いと言うだけで、実際に群れ一番の力自慢というわけではないのだ。
実際、俺は少し恐かった。
前世では獣に襲われる危険などなかったのだから、それも仕方が無い。
ましてや食われるのだ。
そんな危険が目の前にあるのが分かって、恐くないなどとは言えるはずもない。
だが……時間を稼がなければ俺は勿論、ベンツとガンマも食われてしまう。
それが分かっているのに、奥の隅っこで縮こまっている訳にはいかない。
何とかするしかない。
時間を稼ぐだけでいい。
俺は覚悟を決めて、自分を奮い立たせる。
『よ、よし……とりあえず相手を待とう』
『こっちからいかないの?』
『時間を稼ぐだけでいい。今お父さんが帰ってきてるから』
『よくわかるね……』
自ら突っ込めば、稼げる時間は短くなる可能性がある。
なので、相手がこちらに来るのをひたすらに待つ。
幸い、随分と警戒しながら近づいているようだったので、その足並みは遅い。
俺たち三匹は、姿が見えるのを今か今かと待ちながら、戦闘態勢を整えていた。
ヒタヒタと、こちらに足音が近づいてくる。
その音を聞いて、少し恐くなったのか、ガンマは威勢をなくして少し後ろに後ずさった。
ベンツは俺の隣で警戒を続けている。
そのお陰で俺もあまり恐くなくなって、相手が歩いてくる方向を見続ける事が出来た。
そして、ついに侵入者が姿を現す。
俺たちを見つけて、その目をこちらに向けた。
その姿は……。
『……えっ?』
歩いてきたのは、鳥だった。
それも、随分と小さな鳥で、俺たちとそんなに変わらない程の大きさだ。
その鳥は、警戒をしながら歩いてきたようではあるが、俺たちの姿を見て完全に動けなくなってしまった。
まさか三匹も狼が居るとは思わなかったのだろう。
そして、俺はキレた。
『てんめぇこのやろう! 俺の覚悟返せやぁあああ!』
『『兄ちゃん!?』』
あれだけ怖がらせておいて、この有様だ。
これは怒る。
馬鹿にするのもいい加減にしろ。
俺はすぐに跳びかかって相手の喉元に食らいつく。
狩りは息の根を止めることを、初めの目的としてするので、俺は喉を狙った。
攻撃は避けられることもなく、無事に鳥の喉に噛みつくことが出来た。
すぐに顎の力を使って喉をつぶし、ぐりっと回して骨を折る。
そのまま暫くしていれば、この鳥は死ぬはずだ。
『に、兄ちゃんにつづけー!』
『うぉー!』
ベンツとガンマは、暴れる鳥を押さえる係をしてくれた。
それによって俺も無駄な力を使わずに済み、顎に力を入れる事だけに集中できる。
暫くすると、鳥は動かなくなった。
それを確認した俺は、鳥の毛を毟っていく。
『いいぞ』
『やったー! いただきまーす!』
『俺も!』
それから俺たちは、その肉を食べていく。
初めてこの体で生き物を殺したが……割と普通に殺してしまった事に驚いた。
これは狼の本能によって、感情が少し変化しているのかも知れない。
まぁ……これが出来ないと俺、これから生きていけないんだけどさ。
俺たちがその鳥を食べきった直後、お父さんが帰ってきた。
遅かったね、と言ったら滅茶苦茶怒られましたよ。
なんで。
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