1.5.初めての外

 俺は今、非常にそわそわしている。

 自慢の嗅覚を使用して、群れの仲間の居場所を掴む。

 どうやら遠征しているようで、随分と遠くに居るようだ。

 近くに居るのは、年老いた二匹の狼だけ。

 あと兄弟たち。


 初めての自由時間が取れる瞬間だ。

 目の前には外がある。

 一ヶ月間洞窟にいて、可愛い可愛い兄弟たちと遊んでいたが、やはり外に出てみたい。

 自由に外を散策してみたいのだ。


 うずうず……。


『にいちゃん本当に行くの?』

『大丈夫だって! 洞窟の入り口前だけだから! な!』

『そうだよベンツ! 大丈夫だよ! 兄ちゃんもこう言ってるんだから!』


 ガンマは外に出ることに乗り気だが、少しだけ気の弱いベンツはちょっと怯えている。

 とはいえ、尻尾を振っていた。

 気持ちは同じなのだろう。


『おし! いくぞっ!』


 俺はぴょんと跳ねて、一回の跳躍で洞窟の外に出た。

 時刻は恐らく昼。

 暖かい太陽の匂いが濃くなり、体に日光が降り注いでくる。

 そしてほんのりと冷たい風が、俺の毛を撫でていく。


 想像の二倍くらい気持ちがいい!

 猫がひなたぼっこする気持ちってこんな感じなのかな!?


 日光を全身で受け止めるため、地面に伏せて背中を上に向ける。

 時々コロコロと転がって、日光が当たる場所を変えていく。


『気持ちい~……』


 それを見て、ベンツとガンマも我慢できなくなったようで、二匹一緒にジャンプして外に飛び出す。

 そして日光の気持ちよさに気が付き、俺の傍で一緒にコロコロとし始まる。


 なんだこの可愛い生物。

 あ、俺も可愛い生物だったわ。


『きもちーぃねー……』

『流石に外で寝ちゃ駄目だよ?』

『わかってるよぅ』


 いやでも、これ冗談抜きに気持ちい。

 日光ってすげー!

 洞窟の中とは大違いだぜ!


 そこで、俺の鼻が反応した。

 どうやらお父さんがゆっくりと帰ってきているらしい。

 だがまだ距離がある。

 いい頃合いまで近づいてきたときに、そそくさと洞窟の中に帰れば問題ない。


 二匹にはこの事をまだ教えず、この日光浴を思うがままに楽しんで貰うことにした。


 洞窟からはまだ出るなと言われているので、こうしてちょっと悪い事をしているとわくわくする。

 いけないことだと分かっていて、する事はなんだか楽しい。


 ベンツはその事を深く考えているのか、しきりに周囲を見渡しながらくつろいでいる。

 忙しなく首を動かしているので、くつろげていないさそうではあるが、日光浴をしているベンツは非常に気持ちよさそうにしているので、多分くつろげてはいるだろう。


 一方ガンマは堂々としすぎ。

 腹を出して無防備状態だ。

 枕にしてやるぞっ。


『ふぐっ』

『……ちょっと枕が高いなぁ……』

『兄ちゃん、まくらってなぁに?』

『寝るときに頭を預ける……毛布? 布? みたいなやつ』

『へー』


 人間の世界に干渉しない狼は、やはり人間の作る物を知らないようだ。

 当たり前と言えば当たり前なのだが、通じないというのはちょっとビックリする。

 前世では一般常識の物だったのだから、それも仕方が無い。


『そういえばさ、ガンマって俺のことは兄ちゃんって呼ぶのに、ベンツのことはベンツって呼ぶよな。なんで?』

『そう言えばなんでだろう。でも兄ちゃんと比べると、ベンツって兄ちゃんに思えないんだよね~』

『分からんでもない』

『ガンマこのやろう』

『ふべぇ!』


 ベンツが勢いよくガンマの腹に顎を打ち付けて枕にする。

 その瞬間にガンマが腹に力を入れたため、俺も頭が少し持ち上がった。


『確かにちょっと高いね』

『だろう?』

『二匹共やめてー?』


 枕にするのはいいようだが、遊ばれるのは嫌らしい。

 その事の三匹で笑いながら、また日光浴を続けていく。


 父親がもうすぐ帰ってくるようだ。

 そろそろ中に入らないと、怒られてしまう。


『お父さん帰ってくるよ』

『うぇ!? は、はやく入ろ!』

『う、うん!』


 ガンマとベンツは慌てながら洞窟の中へと駆けていく。

 俺もその後をゆっくりと追いながら、中に入った。


 しかし、ガンマとベンツも同じ狼なのに、何故父親の匂いに気が付かなかったのだろうか。

 その事に少し首をかしげたが、恐らく聞いても分からないことなので、すっぱり忘れて洞窟の奥へと進んでいった。


 因みに。

 俺たちが外に出ていたことは父親にバレていた。

 どうやら、匂いで俺たちが外に出たのが分かったため、すぐに引き返して戻ってきたのだという。


 そうです。

 滅茶苦茶怒られました。

 あの巨体で怒らないで欲しいまじで。


 俺たちは身を寄せ合って、お父さんの説教を食らいましたとさ……。

 ヒィン……。

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