1.2.温もり


 いくら叫んでも、この現状が変わることがなかった。

 ただただく~という可愛らしい声だけが口からこぼれる。


 多分だけど、この目の前にいる大きな白い狼は、俺の母親。

 そして、この隣にいるのは十中八九兄弟だ。

 父親の姿が見えないが……何処に居るんだろうか。


 ていうか狼って群れで動く動物だよね?

 他の狼が居てもおかしくないと思うんだけど……。


 ていうか俺長男? 次男? 三男? どれ。

 いやそんなことより!

 これから俺どうすればいいのぉぉぉ!?


 狼の生活とか一切想像がつかない。

 ここは明らかに森の中。

 今いる場所は比較的に安全な場所のような気はするが……それでも子育てするような場所には思えない。


 下には草が敷かれているのだが、寒い。

 今の時期は随分と冷え込んでいる。

 隣を見てみると、二匹の子狼も震えているようだ。


 それに気が付いた白い狼は、俺の首根っこを咥えて持ち上げた。


 ふおおおお!?


 そして、隣にいた兄弟のそばまで連れていき、そっと置く。

 兄弟たちの体温は高い。

 それは俺も同じなのか、兄弟は温もりを求めるように、俺によじよじと近づいてくる。


「く~」

「きゅ~」


 かっわええ。

 え、かっわええ。

 なんですかこのモフモフ。

 いや何この可愛い生物。


 体全身でモフモフを体感するとはこのことだったのか!!


『寒かったね。ごめんなさい』


 ……うん!?

 今日本語聞こえた! どこ!? 人何処!?


 ばっばと周囲を見渡して、人の姿を確認しようとしたのだが、その前に母親狼が俺たちを囲うように身を寄せる。

 体の小さい俺は、その大きな体に阻まれて周囲を確認することが出来なくなった。


 え、ちょっとぉ!

 むむ……これじゃ人が何処に居るのかわからない……。


 だが、母親狼が身を寄せてくれたおかげで、全くと言っていいほど寒くなくなった。

 兄弟も震えることなく、スゥスゥと眠っている。

 母の温もりというのは、やはり暖かい物だ。


 それにほっこりしていると、俺も眠たくなってきてしまった。

 状況を確認しなければならないこの段階で、眠るのは少し心配でったが、子供の体は睡魔に勝てない。


 それに、母親は兄弟よりもっとモフモフである。

 暖かいし、モフモフだし、ここにいるだけで心地よい。


 俺は静かに眠りについた。



 ◆



 おはようございます。

 まぁそうですよね。

 これ夢じゃないよね知ってたよ。


 起きても狼の子供のままでした。

 ていうか俺生後何日なわけ?

 目が開いてるってことは……二週間程度なのかな。

 あ、でも兄弟はまだ目が開いていない。


 俺だけ?

 俺だけちょっと成長が速いとかそういう感じかな。

 犬とかだと目が開いたばかりはちゃんと見えないらしいし。

 狼はよくわかんないけど……。


 あの~ほら、よくあるじゃないですか。

 転生してチート能力とかあるやつ。

 あれなのでは?


 まぁ……俺は今回人に転生したのではなく、狼に転生したわけだが……ここ何処よ……。

 眠る前に聞いた人の声も結局分からないままだし、転生物定番のステータスボードも出てこないし……。

 マジでこれからどうすればいいのかわかりません。

 とりあえず死にたくはないから、このまま頑張ってみようとは思うけどね。


 母親狼は、俺たちが眠ったことに安心したのか、俺が起きた時は一緒に眠っていた。

 兄弟たちも母親狼に寄り添って寝ているようだ。


 俺も寒いのでそれに混ぜてもらっている。

 春に布団を被って眠るときのあの心地よさがとても良い。


 しばらくそのままにしていると、兄弟たちが起き始める。

 その時、二匹の狼は目を開いていた。

 まだ開いたばかりで、目をしぱしぱと瞬きしている。

 眩しいのだろうか。


 すると、頭を母親狼にくっつけて、腹をぐりぐりと押し始める。

 何をしているのだろうかと思って観察していると、二匹は母親狼の乳を吸い始めた。

 それを見ていると、自分も腹が空いている事に気が付く。


 子供が食べれるものと言えば、これしかない。

 俺もそれに続いて乳を飲みに行く。

 背に腹は代えられないという奴だ。

 だが元が狼だからなのか、そんなに嫌悪感は感じなかった。


 乳を飲み終えた俺は、一息つく。

 兄弟はすぐに眠り始めた。

 まぁ子供とはそういう物だ。


 ガサガサッ。


 俺はその音に驚いて周囲を警戒する。

 母親狼もそれに気が付いたようで、耳を動かしてその音のしている方向をしかと見た。

 だが母親狼は警戒することは無く、むしろ安心したようにまた寝始めた。


 俺がその行動に疑問を抱いていると、草むらから黒い狼が出てきた。

 その狼はとてつもなく大きく、まるで神話のフェンリルを連想させる。 


 触れれば切れそうなほどトゲトゲとした毛並み。

 岩も砕きそうな爪。

 そして、目を合わせただけで凍り付きそうな瞳。

 そのどれもが強者のそれだった。


 武芸に何の心得もない俺からしても、その恐ろしさ、そして強さがよくわかる。

 だが、この狼は今、慈愛に満ちた瞳をしているように感じた。


 すると、その黒い狼は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


『問題ないか』

『はい』


 え!!?

 ……ええ!?

 ああ! 言葉喋ってたの貴方でしたかお母さん!


 初めて聞いたあの声は、どうやら母親狼の声であったようだ。

 しかし、自分はこんなにも意識がはっきりしているというのに、声をかけても何も反応してくれない。

 これはまだ自分が子供だからなのだろうか。


『悪いが移動する』

『分かりました』


 母親狼は、すぐに立ちあがって俺の首根っこを咥える。


 え、いやさっむ! 寒い!!

 寒すぎだろちょっとまって!?

 雪の中で温泉につかった後、すぐに出たみたいに寒い!

 え!? これで移動するの馬鹿なの!?


 母親狼がどいた瞬間、温もっていた体温が外気によって奪われていくのを感じる。

 自分は母親狼に首根っこを咥えられているため、身を丸くすることもできないので、恐ろしく寒いと感じてしまう。


「くー……」

「きゅぅう……」


 それは兄弟も同じようで、お互いに身を寄せて少しでも暖を取ろうとしている。


「グルゥ……」


 すると先ほど来た大きな黒い狼が、唸り声を上げた。

 その瞬間、残り二匹の兄弟が宙に浮かび上がる。


 わっつ!!?


 兄弟は風に運ばれるように、黒い狼の背中に入る。

 あんなに硬そうな毛ではあるが、それは見た目だけで本当は柔らかいようだ。


 それを確認すると、先ほどいた場所をすぐに離れていく。

 俺は母親狼に加えられたまま、自分だけ寒い思いをしていたのだった。


 ふぉげいぶみぃ勘弁して……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る