もう一人の自分

第37話

「――どうかな」


 鏡の向こうから俺の声が聞こえてくる


「そうね。夢の中では会ってるものね」


 玲の声も聞こえてくる

 俺の声は……届かない


「いつから気付いてた?」

「ずいぶん前からよ。そうね……私が入社して少し経った頃、仕事でつまずいて一人でこっそり泣いているのをあなたが見てたときが最初だったわ」


 彼女はあの時、二階の窓から外を見ているふりをして泣いていた

 たまたま通りかかった俺は声をかけることができなかった


「ああ……君は桜の木を見ながら泣いていたね」

「あの時、あなたの思いが私の中に入ってきちゃったの。まずいとこ見ちゃったなって」


 そう思ったから、俺は黙ってその場を離れたんだった


「あいつはそう思うだろうね」

「そしてもう一つ。桜の木は泣き顔を見てるんだなって」


 桜の木――俺はそんなことは思わなかった


「それは僕だね。そうか……本人より先に気付いてたなんて、さすがだね」


 本人って――


「少しずつ……ほんの少しずつ中川君は変わっていった。それは、あなたの占める割合が彼の中で大きくなっていったから」


 あなたって――

 彼って――


「あの時から、僕の役割が彼の夢の中だけではなくなってしまったんだ」

「あの時……お姉さんを亡くしたとき。そうでしょ?」


 あの時――俺は……


「つらい思いに耐え切れなかった。自分は引っ込み、そして代わりにその役を与えられたあなたは、表に出てきて人格を得た」


 人格……そうか

 僕は俺――もう一人の……自分

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