第36話

「……なん……だっ……て?」

 聞こえてはいるが、言葉が理解できない。

「ああ、まだ中川君なのね。よかった」

「意味が分からない……俺が、なんだって?」

 彼女は俺の反応を探りながら、慎重に言葉を選んでいく。

「あなたは両親とお姉さんと四人家族だった。少し年の離れたお姉さんはあなたが高校生のときに結婚して、すぐ近くに新居を構えたの。そして女の子が二人――あなたにとっては姪にあたるのね」

「そうだ。親父が忙しくて留守がちで、いつもお袋と姉ちゃんと三人だった」

「だから優しいのかしらね」

 彼女の声が遠く感じる。

 急に首の後ろが熱くなってきた。

「あなたは小さい時から全く夢を見なかったと聞いたわ」

「たしかに見なかった。見たけど覚えてないのかもしれないが……」


 これは……俺の声なのか?


 しゃべっている実感がない。

 首がチリチリと痛む。

「みんなのように夢が見たくて、自分で物語を作ったり空想したりするようになったのね」

「――そうだね」

 俺の異変に気付いた玲は、さらに慎重に話す。

「その夢の主人公は、もう一人のあなた。自分とは全く違うタイプ。物静かで頭がよくて、何でもできる完璧な人」

 彼女の声は聞こえている。

 聞こえてはいるが、なんだか鏡の向こうにいるみたいだ。

 俺は口を開こうとするが、声が出ない。

 何かに押さえつけられているかのように動けない。

 必死でもがく俺の耳に、自分の声が聞こえてくる。

「――らしいね」


 俺は……こっち側へきてしまったのか


「はじめまして、でいいのかしら。中川君……いえ中川さん、かしらね」


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