第38話

「君にはもう何もかも見えているんだね」

「外枠だけね。中身は何も分からないわ」

「それで……僕をどうするつもりなのかな」

「それは後から。まず話を聞きたいわ。あなたが生まれた時から私に夢を見せることになったまでの話を」


 俺は「こっち側」から二人を見ている

 この感覚……何度か経験した気がする

 決して悪い感じはしない

 それどころか、とても安心感がある


「僕が生まれた時、か。それは僕には分からない。みんな自分が産まれたときの記憶なんてないんじゃないかな」

「それもそうね」


 彼女が笑っている

 なぜだろう……少しイラつく


「何となくぼんやりとした感じ……そうだな、朝目が覚めたけどまだ夢の中にいるような、現実味のない感覚の中に漂っていたんだ。それがあの時、急に目の前が明るくなって――」

「お姉さんが亡くなった時ね」

「ああ。ちょうど春休みで帰省していた時だった。いつも鏡の向こうからぼんやりとしか見えなかった世界がはっきりと見えたんだ。最初に僕がこの世界を自分で見たのは、姉さんが腹を刺されて川に浮かんでいる情景だった」


 ――思い出した

 俺は大学一年の春休みに実家へ帰省していた

 目が覚めて、夢を見たことが嬉しくて母親に内容を話したんだった

 そしたら母の顔が青ざめて、昨夜から姉が行方不明だと俺に告げた

 母と姪を車に乗せて、夢で見た川に向かった俺

 三人を車内に残し、一人川に近寄って水面を見た

 あとのことは――覚えていない……


「それがきっかけだったのね」

「あいつは……逃げたんだよ」


逃げた……そうかもしれない

 気付いたときには姉の葬儀も終わっていた


「次はお友達の事故ね」

「あの日は夕方から会う約束をしていた。お互い帰省していて姉さんの件もあって、ご飯でもということになってたんだ」

「一つ聞いてもいい?」

「どうぞ」

「あなたは前に出てないときの記憶もあるのね?」

「自分が意識を持つようになってからは、全て記憶しているよ」


 俺は、覚えてない部分がたくさんあるような気がする


「彼は引っ込んだ時のことは覚えてないみたいだけど」

「あいつは目を閉じ耳を塞ぎ、小さく丸まって隅のほうに隠れているからね。つらく悲しいことを覚えるのは僕の役目さ」

「そして、お母さまの自殺」


 自殺――お袋は自殺したのか……


「あの時のことは……できれば思い出したくないんだ」

「分かるわ。夢の中だけでも苦しくてつらかったもの。でも、話してほしいの」


 俺も聞きたい

 自分が逃げたせいで、つらいことから逃れたい一心でもう一人の自分を作り出してしまった

 そしてつらい部分を全て押し付けて、俺にはその間の記憶がない

 記憶を――取り戻したい

 俺が目を塞いでいたことを聞き、抜けている部分を取り戻したい


「そうか……そういうことか」

「話してくれるわね?」

「僕が話すことをあいつの記憶の空欄に埋め込むんだね。それが済んだら君は……僕を消すんだね」


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