第16話
「夢、ですか? いや……俺はほとんど見ないです」
なぜかとっさに嘘をついた。
「そうですか」
「夢が……どうか?」
母親は小さく笑った。
「いえ、あなたが玲を捜してくださると聞いて、あの子のことをいろいろ思い出してたんです。そしたら小さい頃のことばかり思い出しちゃって」
彼女の小さい頃。俺には想像がつかない。
そんな思いを知ってか、母親がアルバムを取り出す。
「あの子は小さい頃から落ち着いていて、あんまり甘えるっていうことがなかったんですよ。常に何かを我慢しているような、そんな子でした」
たしかにアルバムの中の彼女は、あまり笑っていなかった。
「あなたがお聞きになりたいのは、玲のことと……そして、父親のことではありませんか?」
そうだった。
姉の話を聞いて以来、母親に会ったら父親がなぜ出ていったのかを聞こうと思っていたのだ。
「はい。俺は彼女から、自分の父親は小学生のときに死んだと聞いていました。先日お姉さんと話したら、父親は出ていったと聞いてびっくりしたんです」
「あの子ったら、そんなことを……」
母親は少し驚いたようだった。
「あの人は、とても優しく子煩悩な父親でした。姉のほうは未だに父親がなぜ出ていったのか分からないというくらいに」
「それじゃ、なぜ」
「あの人には――」
ためらいながら母親が言い直した。
「あの人と玲には、不思議な力があったんです」
「不思議な力って、まさか夢……」
「私は知らなかったんです。あの人にそんな力があるなんて」
母親がコーヒーを一口飲んで続けた。
「玲が幼稚園の頃、お友達がブランコに乗っていたとき私に『あの子ブランコから落ちて頭打つよ。救急車がくるの』って言ったんです。どうせ作り話だろうと思っていたら、その通りになって」
……嘘だろ
「急いで連れて帰って聞いたら、夢を見たって。その夜あの人に話したら――実は彼も、現実を予知する夢を小さい頃から見ていたと言われて」
「遺伝……?」
「そうなんでしょうね。玲には夢で見たことを外では言わないようにと言っておいたのですが、まだ小さすぎて分からなかったんでしょう。一部の親たちにそれが広まり、あの子とは遊んではいけないって言われた子もいたようで……」
分からなくもない。他の親からしてみたら、気味の悪い子に見えたのだろう。
「その力が父親からのものだと分かったとき、あの子はあの人をとても憎みました。姉には全くそういうものがなかったので、家の中が何だかギクシャクしはじめて」
なるほど……
それで父親自ら出ていった、というわけか
「不思議なもので、父親が出ていってからは、あの子もあまりそういう夢を見なくなったみたいなんです。それとも、私に気を遣って言わなかっただけかもしれませんけどね」
「……そうですか」
写真の固い表情も、そんなことがあったからなのだろうか。
「遺伝の仕組みはよく分からないけど、父親よりも娘のほうがその力は強かったみたいです。だからあの子は、結婚して子供を産むということを選ばない気がします」
「そんな……」
「姉の子が産まれたとき、ぽつりとそんなことを言っていました。だから姪たちを自分の子のように可愛がっているんだと思います」
「…………」
「中川さん?」
俺は、なぜか泣いていた。
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