4-3

 僕は言葉を失う。


 そう、あの世界にああいう関係の2人がいたということは、つまり僕らのうち当時ああして仲良くなりたかったという願望があって、その想像が具現化したということに他ならない。


 ということはつまり、咲ちゃんはあの世界で、子ども時代の自分が当時そこまで親しくも無かったクラスメイトといちゃいちゃしている姿(僕の願望)を見ていたということになる。


 咲ちゃんの立場に立つと、かなり気持ち悪いんじゃないか、これは。

「ねぇショウくん、分かる?」


 固い唾をごくりと飲み込んだ。どう返事すべきか。

 僕はその答えが見つからずに、しばらくただ無言で口をパクパクさせることしかできなかった。


「さっき、質問に絶対に嘘つかないで答えてくれるって言ったよね?」

 チェックメイトってやつだった。

 僕は白状するしかなかった。


「……あ、いや。……うん……そうなんだ、僕の願望なんだよ」

 大きく息を吐いてから、10年間のことを吐露する覚悟を決めた。もう隠しても無駄なことだ。


 僕は「できれば気持ち悪がらずに聞いてほしいんだけど」と前置きしてから話した。

 子どもの頃あのお化け屋敷に入った頃から、咲ちゃんのことを気にしていたこと。忘れようとしても忘れられなかったこと、大学を遠くに選んだ理由、同窓会に顔を出さなかった理由も。


「ずっと、好きだったんだよ。……あ、いや、でもね、だから付き合いたいとかじゃなくって。もう彼氏もいるだろうし、そんな大それたことは思ってないんだけど。うん、そうなんだ」


 咲ちゃんは今、どんな顔をしているんだろ。


「じゃあ今でもずっと私のこと好きってこと?」

 呆れているだろうか、引いてるだろうか。

「あぁ、うん。そうだよ。今でもずっとなんだ」


「そりゃーあれだ、やばいね、相当」

 覚悟はしていたけど、そう言われるとぐさっとくる。

「いやーやばいよね、ははは」


「私もだもの。子どもの頃、ショウくんに気持ちを言おう言おうとしてて、結局言えなかった」

「え?」

「まぁ私の場合はもうすっぱり諦めちゃってたけどね」


「えっ、咲ちゃんもって……え、諦め……え?」

「だって学校とか他の所で会っても知らんぷりしてるんだもん。それにずっと遠くの大学行っちゃうしさー。嫌われてるんだと思ってた。だから言えなくてもう諦めちゃった」


 僕は唖然とする。

 ということは、僕が昔もたもたせずにさくっと告白していたら相思相愛だったってこと?


 なんて……ばかな話、まぬけな話、愚かな話。


「ショウくん私のこと大人しい子だって思ってたって言ったじゃない? あれって恥ずかしがりやに見えたのは、私の前にショウくんがいたいたから緊張してたんじゃないかな」


 ああ、そういうことだったのか。

 それであの時、昔もこんな感じの性格だったって言ってたのか。


「咲ちゃんはさ、いつこの事実に気付いたの?」

「プリキュアの仮面をつけた変質者さんが小学生の男の子に割引券を握らせるとこぐらいから薄々気付いたよ。小さいころの2人を尾行してたのはショウくんと一緒だもの」


 それであの仮面ライダーのお面だったってことか。

「あのさ、あともう1つだけ聞いていい?」

「なに?」


「どうして初めに『帰りたい』って願った時は失敗して、でも銀河鉄道に乗ったときは成功したんだろ。あとゾンビに帰ってほしいって願った時も」

「え、ショウくんそれもまだわかってないの?」


「うーん……全然」

 咲ちゃんが電話の向こうで小さくふふふと笑う声がした。


「簡単な話なんだよ。最初に帰りたいって願った時は、私達が帰りたくないって思ってたから。そうでしょ?」


 咲ちゃんの言う通り、僕はせっかく奇跡のように会えた咲ちゃんと離れたくなかったんだ。


 あぁ、なるほど。それで、咲ちゃんは僕に連絡をするように伝えたんだ。現実世界でもちゃんと話ができるきっかけを作って、それで僕を現実世界に帰っても大丈夫だという気持ちにさせたんだ。


 いや、まて。

 さっき咲ちゃん本当は帰りたくないと思ってたと、そう言っていた。


 ということは咲ちゃんも、あの世界から本当は帰りたくなかったのでは? つまりまだ脈が残されているのでは?


 いやばかな、ただ単に昔の話がしたかっただけだろう。


 ……。

 まただ。


 また、チャンスを逃すのか。

 定食屋のおばちゃんの言葉が脳内で再生される。『チャンスは目の前に転がっている』と。


「咲ちゃん」

「なに?」

「えーっと、その。今って彼氏いるの?」

「……」


 電話越しだったけれど、すんごく重い沈黙が流れた。


 やがてため息をつく声が向こうから聞こえた。

「なんでそういうこと電話越しに聞くわけ?」

 咲ちゃんの声はちょっと怒っていた。


「あー……ごめん」

「だいたいショウくんにはデリカシーってのがないよ。だって考えてもみてよ、私、あのお化け屋敷にたった1人で入ってたんだよ?」


 あ……。


「ね、ショウくんもお盆休みでしょ? こっち帰っておいでよ。いろいろ話そうよ。まずはそこから、ね」


「そうだね、うん、帰るよ。今すぐに」


 立ち上がってポケットに財布を突っ込んだ。

 僕にはもう地元に帰りたくない理由がなくなってしまったわけだし、ね。

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夏夜の一流おばけやしき師 園長 @entyo

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