短編小説「夜明けの形」
四ノ宮雪子
夜明けの形
あぁ、ここはどこなんだろう。
薄暗くて何にもない、どこか孤独を感じる場所。
とても寂しいところのはずなのに僕にとっては不思議に居心地のいい場所だった。
僕は何でここにいるんだろう。
うーんうーんと頭の中を探るが何も出てこない。
もういいや、ずっとここにいよう。
居心地もいいし、誰もいないし。
なんだか眠くなってきたなぁ、
このままここで寝てしまおうか、うん、そうしよう。
そんなことを思っていると突然僕の頭が叫んだ。
「寝てる場合じゃない。早く思い出せ。あの時へ戻るんだ。」って、
するといきなり頭が割れそうなほどの稲妻みたいなのがさっと過ぎ去った。
そのあとに僕の身体が「僕」の記憶に落ちていった。
ぐるぐると渦巻いたと思うといつの間にか何もない真っ暗なところを飛んでいた。
そしてふっと景色が見えだした。
その景色は決して心地よい景色ではなく、どこかの国と国が戦争をしている景色だった。
こんな景色僕は全く知らないのに、どうしてか妙に懐かしい。
すんと視線を落とすと小さな塹壕の中に人を2人見つけた。
薄汚れた軍服を着た少年と少女だった。
(ん、何なんだ?あの少年は「僕」なのか?)
これは所謂、直感的な考えだった。
僕の頭の中で誰かがそう教えてくれた気がする。
その少年は少女が必死に何かを訴えているのにも関わらず意識は敵の陣地にだけ向いていた。
遠くでは大きな爆炎とともに兵士が宙を舞っていた。
すると敵兵が2人少年たちのところへ歩いていた。
1人は小柄で一見弱そうで、もう1人はがたいが良く強そうだった。
僕はその少年の横に降りて、座った。
僕のことは見えていないらしい。
その少年は
「おい、2人こっちに来ている。2人とも銃を持ってるな。俺が先に細いほうを殺るからその間大きい方を引き付けておいてくれないか?」
と言っていた。
この状況から考えるに、逃げるのが最善策なのにこの少年は目の前の利益だけに目が行っているようだ。
僕は
(そんなことしたら少女は確実に死ぬだろうに、、自分勝手もいいとこだよ)
とつぶやいた。
少女は説得を諦めただ静かに涙をこぼしながらうなずいた。
そしてその小さな体には似合わないような大きな銃を構えた。
ザクッザクッ
近づいてきている。
聞こえ始めてからおよそ6回目の足音がしたとき、少年と少女は飛び出し敵兵に襲いかかった。
どうなったんだろう、、
僕は彼らの行く末を傍観していた。
すると、敵兵の小柄な方は動きが早く逆に大きい方がとろく反応が遅かった。
その結果少女は上手く大きい方の死角に入れたが少年の方は右ひざを撃ち抜かれ捕まってしまった。
その後少女は大きな敵兵に対して引き金を引くも致命傷とはならず少女もまた捕まってしまった。
少年は襲いかかった敵兵に
「どうか殺すなら俺だけにしろ!××を殺さないでくれ。」
と必死に願った。
しかし少女は殺された。
押さえつけられている少年の目の前で。
少女はまずは眼を、次に体の関節のいたるところを撃たれた。
あえて殺さないように、じっくりと苦しめられた。
少女は悶え苦しみ、その叫び声は阿鼻叫喚そのものだった。
僕は咄嗟に耳を塞いだ。
だけど視線は2人に強く向いていた。
「やめてくれ」と暴れ泣き叫ぶ少年の上に座る敵兵はそれを面白おかしく嘲笑いながら少女に弾丸を埋め続けていた。
そして少女の叫び声は聞こえなくなっていった。
少年はただただ咽び泣くだけだった。
あたりに飛び散ったいたいけな少女の血はこれまでにないほどの真紅だった。
そして少年は連れていかれた。
涙を流しながら死んでいった冷たい少女を置き去りにして。
その後少年は敵兵たちの不満や憎悪の掃き溜めとなった。
捕虜の人権なんてものは存在せずただひたすらに拷問を受けるだけだった。
有刺鉄線のような鞭で何度も打たれ、爪をゆっくり1枚1枚剥がされ、気絶すれば北極の氷のように冷たい水を大量にかけられた。
ある時は四肢を杭で打たれ、またある時は大きく真っ赤な烙印を押され、またある時は皮膚をはがされた。
しかし、少年はもうそんなことはどうでもよかった。
痛みはある。何度も何度も泣き叫んだ。
だけどそれ以上に少女を失ったことの方が少年を苦しめ続けた。
そんな彼は日がたつごとに悲しくなっていった。
大切な人を忘れてしまう日がだんだんと近づいている。
いくら忘れないって言ったって死ねば何もかも忘れてしまう。
それが嫌で、辛く、とても苦しかった。
どの明日が忘れさせに来るのだろうと不安だった。
そんな明日が大嫌いになった。
こんなことになるならやめてしまえと、どうしてあのとき彼女を守り逃げなかったのだろうかと、少年は静寂の暗室の中1人静かに叫んでいた。
このことがどうか夢であってほしい。
そう思うと少年は自分の夢に少女を描いた。
でもそれはただただ悲しいだけ。
もうどうしようもない。
ただひたすらに
「明日よ!どうかこないでくれ。」
と心のままに天に向かって訴えるばかりだった。
だけどそんな声はもう出ず、精々掠れた息をするのが精一杯だった。
僕が生きて、彼女が死ぬ。
僕を置いて、彼女がいく。
そしてある満月の夜、少年は死んだ。
、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、
そうか、そうだった。
すべて思い出した。
あの日の約束を、忘れてはいけないあの小さな笑顔を、あの雪が降る夜に彼女がそっと手を握ってくれたことを。
僕と「僕」のすべてのピースがカチッとはまると突然あたりが真っ白になった。
真っ暗な中を飛ばされていると、だんだん景色が見えてきた。
今度は美しい夜明けの空の上だった。
ゆっくりと、でもはやく落ちていく。
深い朝焼けのその根元に。
その途中に空を見ると名もない六等星たちがひしめき合っていた。
ははっ、奇麗じゃん。
僕は重力に呑まれながら落ちていく。
あぁ、思い出すなぁ、彼女と過ごした日々を。
同じ屋根の下で暮らし僕の見る場所を百八十度変えてくれたと、本気で信じている。
未来はとてもとても残酷で変えようがあったのだろうか。
何度も挫けそうになったことがあるけど、君と過ごした日々は本当に煌めくようだった。
あの日見た明日の夜空はそれは奇麗だったなぁ。
忘れていたけど本当は違うんだ。
君がいなくちゃダメなんだ。
君かいないこんな世界なんてもういらないや。
もう君がいないのなら。
、、、
、、、、、、
、、だめだ
「私はあんたのこと絶対に忘れないからあんたも私のこと絶対に忘れないでね。絶対に、諦めないでね。」
君はあの日そう言ってくれたよね。
ごめんよ、
僕は弱気になっていたよ。
前を向こう。
また会いに行くよ。
この空のどこかでまた会おう。
だけどどうだろう、君はこの空に来てくれるかな。
もしいなくても僕たちはいつまでも一緒だから大丈夫だよね。
もうすぐ地面だ。
あぁ、楽しかったなぁ、
もうすぐ会えるよ。
こんな僕だけどどうか許してね。
君のいない世界はたまらなくつまらなかったよ。
だけど僕は「僕」を克服できた気がするよ。
だからもし、
もしも普通に生まれ平和に君と暮らして一緒に死んでいった「僕」がいるなら、どうか思い出して。
未来の僕らにどうか。
短編小説「夜明けの形」 四ノ宮雪子 @yukiko_snowman
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