第9話 閉幕
「な!? 魔術で私の攻撃を防いだだと!? なんなんだあの女!? いや、待て......この魔力はまさか......!」
突然、割って入ってきた静に、シザムが動揺した声を上げる。
「術式展開!」
鋭い静の声が辺りに響き渡った。
既に光の盾は消えており、代わりに横一直線に並んだいくつもの魔法陣が静の前に現れる。
「第三極星魔法! シューティングスター!」
静がそう唱えると、魔法陣が強く光った。
光の弾丸がマシンガンの様に、次々と魔法陣から発射され、上空にいるシザムに襲い掛かる。
「ぐぉおおお! ク.......クソ! せっかく、魔族の王になれたというのにぃいいいいいいいい!」
地上からの光の砲火に、シザムは翼竜ごと飲み込まれ──────そして消え去った。
光の消えた青空を雲だけがゆったりと流れている。
「す......すっげぇ」
思わず口から、言葉が漏れた。
圧倒的だ。
これが、勇者の力なのか......
「達也! 怪我はない!?」
茫然と、静の背中を見つめていると、静が振り向き、こちらに駆け寄ってきた。
「あ、ああ.......大丈夫だ」
立ち上がり、言葉を返す。
「ゴメンね......わたしが巻き込んだばっかりに.......」
静の声は上ずっていた。
「大変だったよね......怖かったよね」
大きな目がたちまち潤み始め、日の光に反射し、輝きが浮かぶ。
涙を浮かべた顔を静はポスッと、俺の胸にうずめて呟いた。
「もう......私と関わるの。嫌になった?」
「な、なに言ってんだ。確かに、かなりビビったし、命の危険も感じたが......そんなことで嫌いになるんだったら、右手怪我した時点で別れてるっての」
「......本当?」
顔を上げて、静が聞いてくる。
頬が僅かに紅潮していた。
「ああ。本当だ」
静の目をまっすぐ見つめ、力強く頷く。
「達也......」
静の表情が変化する。
どこか緊張した様な──────迷っている様な表情。
やがて、意を決した様に静は目をつぶった。顎を上げ、ほんのわずかに唇を突き出す。
それが意味することは、明白だった。
反射的に生唾を呑み込む。
緊張しつつも、ゆっくりと、吸い込まれるように、静の桜色の唇に顔を近づける。
互いの息がかかるほどの近さとなり、目をつぶった。
後はもう数センチ、首を伸ばすだけ、というところで──────
『貴様らが、いつどこでたわむれようと、私の関するところではないが......先に病院に連れて行ってくれないか? そろそろ、出血多量で死ぬ』
「「あ」」
頭に声が響いてきて、下を向く。
俺の腕の中でザナークが傷口から大量の血を流し、息絶えかけていた。
完全に忘れてしまっていた。
床から天井に至るまで、全てが白塗りの通路。
背もたれの無いロビーチェアに座って、俺たちはただ時が過ぎるのを待っていた。
ここは、家からそう遠くない場所にある動物病院。
目の前には大きな両開きのドアがあり、その上には第二手術室という横書きの札が張られている。
病院に運び込んですぐに、ザナークは緊急手術を受けることになった。
虚弱な小型犬の体にあの傷は、相当な負荷だろうが、とはいえ、あのままザナークがくたばるとも思えないので、実際のところ、そこまで心配はしていない。
「あのさ......静はどうして、俺の告白を受け入れてくれたんだ?」
自分でも唐突だと感じてはいたが、静に尋ねる。
案の定、静は首をかしげて聞き返してきた。
「え? どういうこと?」
「いや、だからその......正直俺と静とじゃ、全然つり合いが取れてないっていうかさ。静なら、もっといい男と付き合えるだろ」
自分で言ってて、悲しくなってくるが、紛れもない事実だ。
大学でも有数の美人である静とこれと言って目立つ長所もない俺とでは、あまりにつり合いが取れてなさ過ぎる。
「うーん......つり合いとかそういうの考えたことなかったけど。私はただ......達也といると楽しいし、一緒にいる内にいつの間にか好きになっちゃてたっていうか......だから、告白されて嬉しかったし、オーケーしたんだけど......」
「......なんか、普通だな。まぁ......でもそんなもんか」
「普通.....うん。そうかもね」
そう言って、静は苦笑した。
正面を向いたまま俯き、再度口を開く。
「ザナークを倒した後、その時の怪我が原因で前世の私は死んじゃったってことは話したよね」
「ん? ああ」
「前の人生でね、思ったの。突然神様から力を貰って、そのまま成り行きで戦いに身を投じることになって。それでも最後にはなんとか魔王を倒して、ようやく世界が平和になったっていうのに、その後たった数年で自分は死んじゃうなんて......正直あんまりな人生だなって」
「......」
俺は沈黙して、次の言葉を待っていた。
顔を上げ、ほとんど独白の様な速度で静が続ける。
「だからね。死ぬ前に神様にお願いしたの。もし、生まれ変われるなら、次は普通の女の子になりたいって。普通に生きて、普通に恋をして、平凡でもいいから、素敵な人と幸せな家庭を作りたいって......だから今、こうして、達也と出会えて、恋人同士になれて、2人で思い出作ったりとかできて......私、すっごく幸せ!」
少し照れ臭そうに──────だが、満面の笑みを浮かべた顔を静はこちらに向けた。
「静......」
互いに見つめ合う。
拳を握り、俺は大きく肩を震わせて言った。
「まさか。結婚まで考えててくれていたなんて! よし、わかった! 結婚しよう! 今すぐに! 必ず幸せにしてやるからな!」
静に詰め寄り、抱きしめようする。
しかし、静は慌てた様子で、俺の両腕を掴み、それを阻んできた。
「ちょっ! 確かに幸せな家庭を築きたいとは言ったけど、別に今のは遠回しなプロポーズとかそういうんじゃないから!」
「ええ!? 嫌なのか!?」
「い、嫌じゃないけど......むしろ全然.......っていうか、いいとか悪いとかの問題じゃなくて! 私たち大学生だし! そういうのはまだ、ちょっと早いって!」
顔を赤らめて、静が叫ぶ。
渋々と、俺は引き下がった。
横から扉の開く音が聞こえる。
『いくら恋人同士とはいえ......いちゃつくならもう少し時と場所を選んだ方がいいぞ』
「ザナーク!」
頭に声が響いてきて、見ると、手術台に乗せられたザナークが手術室から運び出されていた。
麻酔が効いているはずだが、どうやら意識はあるようだ。
最も、今更驚きはしないし、真面目に理由を考える気も起きない。
流石にまだ動けないらしいが、とりあえずは大丈夫そうだ。
それから、一週間が経ち、ザナークは退院した。
運んできたときは、かなり危険な状態だったそうだが、凄まじい速度で回復していったらしい。
後で、ザナークに聞いたところ、回復した魔力を自身の肉体の治癒に当てていたそうだ。
魔力を怪我をした箇所に集めると、その部分の細胞の働きが活性化され、早く怪我が治るらしい。
魔力というのは本当に何でもありだ。
ちなみに、公園まで逃げる際中、魔族によって破壊された道路は、地下に埋設されていたガス管の爆発によるものとして、世間では片付けられた。
事情を知っている立場からすると、濡れ衣を着せられた管理会社には同情を禁じ得ないが、仮に本当のことを話したところで、信じて貰えるとは思えないので、どうしようもない。
いくらテレビを見ても謎の生命体発見! などのニュースも見当たらなかった。
これもザナークに聞いたことだが、魔族の肉体は魔力によって構成されており、死ぬと魔力に還ってしまうため、死体は残らないらしい。
そのザナークはというと、今も俺の部屋で暮らしている。
静の家は、そこまで経済的に余裕があるわけではないらしく、寮を出て、新しく部屋を借りるというのも困難なようなので、俺の方から静に提案した。
当初は静も渋ったもののザナークがシザムたちから俺を守ったこと。仮になにか企んでいたとしても今の力の落ちたザナークなら自分の力で問題なく処理できるだろうということから、納得してくれた。
できる限り静に負担はかけたくないし、ザナークがいなければそもそもシザムたちに襲われることも無かったとはいえ、俺としても一応助けて貰った恩がある。
ただ、退院した後、退院祝いに高級ドッグフードを買ってやったら、その後普通のドッグフードを買い与える度に、ブツブツ文句を言ってくるようになったので、やはり仲良くはなれそうもない。
そんなこんなで、元の日常──────とは言えないが、これといって大きな事件もない平穏な日々が続き──────二か月の時が過ぎた。
「達也、大変! どうやら、シザムがこの世界に転生したみたいなの! しかもこの街にいるみたい!」
朝、インタホーンが鳴り、出てみると、息を切らした静がそこにいて、声を荒上げて言ってきた。
「は、はぁ!? シザムが!?」
思わず聞き返す。
後ろで「ほう」とザナークが呟くのが聞こえた。
「で、シザムは今どこにいるんだ!?」
「ついてきて!」
静に連れられ、俺とザナークは家を出る。
目的地は、マンションからそう遠くなかった。
『ククク。久しぶりですね、皆さん。前世での借りを返すため、こうして地獄から舞い戻ってきましたよ』
ムッとする草木の匂いが辺りに満ちている。
眼前に佇むは、緑の異形。
腹部は大きく肥大化しており、硬化した層が全身を覆っている。
大きく広げられた4枚の羽には黒い斑点模様が浮かび、その攻撃性を象徴しているかの様だ。
獲物を捕えるための前足は、鋭いトゲが並び、鎌の様に屈折している。
『これが......復讐のため、生まれ変わった今の私の姿です!』
近所の公園の茂みの中で、オオカマキリが両腕を上げ、こちらに向かって威嚇をしていた。
思いっきりうなだれ、半目でしばらくそれを見やった後、誰に言うでもなく、俺は叫んだ。
「また、このパターン!?」
俺の彼女の前世が異世界の勇者だった件 赤佐田奈破魔矢 @Naoki0521
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