第8話 反撃

「ぜぇ、ぜぇ......も、もう限界だ! 走れねぇー!」


 両手で両足の膝を掴み、立ち止まる。

 ペース配分もクソもなく5分近く全力疾走を続けたため、息は絶え絶え、心臓の動悸はあまりに激しくなり今にも破裂しそうだ。


「......だが、ここならいいだろう」


 息を整え、顔を上げる。

 俺たちがいるのは、遊具のない、だだっ広い芝生だけが広がる公園。

 休日の昼ごろには、学校が終わった小学生やカップルたちでにぎわうこの公園も、今は人っ子一人見当たらない。


『よし、ここで奴らを迎え撃つぞ』


 全くバテている様子を見せず、ザナークがこちらに振り向く、

 無理をしたかいがあって、一時的に魔族たちを引き放すことには成功した。

 とはいえ、実際のところ、大して距離は離れていないだろうし、向こうは空を飛んでいる以上、追いついてくるまでそう時間はかからないだろう。


「迎え撃つって......策はあるのか?」


 眉をひそめて、ザナークに聞く。

 こっちの戦力は、人間1人とチワワ1匹。ハッキリ言って、あの化け物軍団に対抗できるとは、とても思えない。


『私が僅かながら前世の魔力を引き継いでいるのは知っているだろう。奴らがここへ来たら、残された全魔力を使って、奴らに攻撃を仕掛ける。だが、おそらくこの姿では、完全に魔力を御することはできない。私は、攻撃を放つことに集中するから、お前は、私の代わりに狙いを定めてくれ』

「は、はぁ!? 狙いを定めるって、どうやって!」


 聞き返す。

 しかし、ちょうどその時、空の向こう側から魔族たちが群れを成して、こちらに飛んでくるのが見えた。


『来たぞ! 説明している時間はない!』


 ザナークはそう言うと、俺の胸に飛び込んできた。

 とりあえず、両手でザナークの体をキャッチする。

 両手の中で、体の向きを変えると、ザナークは魔族たちの方を向いた。

 そして、こちらの返事も聞かず一方的に言い放つ。 


『準備はいいな! いくぞ!』

「いや、ちょっ! 結局俺はどうすれば......!」


 言いかけて──────俺の声は突如生じた轟音によって遮られた。

 同時に眼前に閃光が生じ、反射的に目をつぶる。

 ザナークの体に推進力が生まれ、俺の体を強く押した。


「うぉおおおっ!?」


 あまりに強い力に、後ろに倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。

 ザナークの推進力は ロケットエンジンもかくやという勢いで──────両手でザナークの体をしっかりとホールドしていたものの、狙いを定めるどころか、かえってザナークの体を振り回すことになった。

 眩しさに眉をしかめながら、俺は目を開ける。

 そして、思わず固まった。

 ザナークの口元から、巨大な紫色の光線が発射されていた。

 俺がザナークを振り回したことにより、光線の軌道は滅茶苦茶になり、空に展開していた、魔族の群れを次々に焼き払う。

 光線は、魔族に当たると大きな爆発を生じ、さらに多くの魔族を巻き込んでいった。

 やがて、光線は消え、空には入道雲の様に大きな雲が残される。雲の中から蚊取り線香にかかった蚊の如く、魔族たちが次々に地面へと墜落していくのが見えた。

 だ......大魔王ザナークすげぇええええええええええええええええええええええええええ!

 目を剝き、限界まで口を開いたまま心の中で絶叫した。


『ふむ。まぁ、こんなものか』


 ザナークは俺の手を振り払うと、地面へと降り立った。

 俺は、再び空に目をやる。

 一網打尽だ。

 あれだけの規模と威力の攻撃を受けて、生き残りがいるとは思えない。

 ほっと安堵し、足元にいるザナークを見下ろして言う。


「お前.......ただのチワワじゃなかったんだな!」

『だから、元大魔王だと言っているだろう。というかただのチワワがテレパシーを使えるものか」


 と、不機嫌そうにザナーク。


「ま、なんでもいいけど、とにかく助かっ.......」

 

 た.......と言いかけたその時、空に浮かぶ雲の中から、薄紅色の光刃が現れた。


「!」


 油断していたため、気づくのが遅れた。

 刃は既にそこまで迫ってきており、どうあっても、回避は間に合いそうもない。

 それでも、なんとか身をかわそうと足に力を入れる。

 すると、突然なにかが俺と刃の間に入ってきた。


「な!?」


 間に入ってきたものを見て、俺は声を上げる。

 それは、ザナークだった。

 その小さな体に光刃を受け、ザナークは地面に打ち落とされる。


「ザナーク!」


 俺は、ザナークに駆け寄った。

 ザナークの体には、刃物で一閃したような大きな傷ができており、そこから溢れ出た血液が、地面の芝生を赤く染めていた。


「クク......流石はザナーク様。危うく全滅するところでしたよ」


 空から声が聞こえる。

 雲の中から、体中ボロボロになった翼竜とその上に乗ったシザムが姿を見せた。

 シザムは、血まみれになった左腕を右腕で押さえている。

 重傷であるには違いないが、行動できないほどでもないようだ。


『ぐ......今ので仕留められんとは......私衰えたものだ』

 

 倒れたまま上空を見上げ、ザナークがうめく。


「ザナーク! お前......俺をかばって......!」

『フッ......勘違いするなよ小僧。飼い主のお前が死ねば......私は保健所に連れて行かれて、処分されてしまうからな。ただ......それだけのことだ』 


 ザナークの出血は多い。

 頭に響く声も今までよりずっと小さくなっている。

 すぐに動物病院で手当てしなくてはザナークは死んでしまうだろう。


「クソッ!」


 悪態をつく。

 別にザナークに情が湧いたわけではないが、このまま死なれるのは後味が悪い。

 

「とはいえ流石に、もう限界でしょう! すぐに楽にしてあげますよ! その人間ごとねっ!」


 勝ち誇った笑みを浮かべて、シザムが右腕を振るい、光の斬撃を飛ばしてくる。

 すぐさま、俺はザナークを抱きかかえて身を翻し、地面を蹴った。

 斬撃は、空を切り、芝生に命中するが、攻撃から逃れるために、初めの一歩を強く蹴り過ぎてしまい、体のバランスを崩す。自分の体でザナークを押しつぶさないよう両腕の前腕部で身体を支えるが、そのせいで態勢を立て直すこともできず、そのままうつぶせに俺は地面に倒れこんだ。


「これで......終わりだ!」


 もう、一閃。

 シザムが斬撃を放つが、起き上がる暇はなかった。

 死を覚悟し、目をつぶる。

 だが、いつまでたっても、俺の体が寸断されることは無かった。

 かわりに、甲高い衝突音が耳に入ってくる。


「ん......?」


 恐る恐る、俺は目を開けた。

 初めに、目に入ったのは光。

 俺の前方に激しい光を放つ円形の盾の様なものが浮かんでいた。

 盾の放つ光の強さの割に、そこまで眩しさを感じなかったのは、盾と俺との間に人が1人、立っていたからだろう。


「大丈夫!? 達也!」


 前に立つ人物が振り向いて叫ぶ。

 逆光で顔はあまりよく見えなかったが、その声は聴き間違えようがなかった。


「し、静!?」


 態勢を立て直しつつ、声を上げる。 

 そこにいたのは、盾に向かって両手を掲げる静だった。

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