第4話

▼日本橋本石町 長崎屋前


【前のお話の明くる日。昨日の朝鮮通信使ご一行の見物に続いて、今度はカピタンがやってくるとのことで、珍しいもの見たさの江戸っ子たちが集まっております。このことは瓦版には書いていなかったのか、はたまた見逃しているのか、依然、八五郎・熊五郎・与太郎はその正体も知りません。いや、与太郎は思い出せません。そうこうしているうちに、何やら街角が騒がしくなってきました】


与太郎  <暑い。日陰に入ろうよ~>

熊五郎  <まぁ待て。あとちょっとの辛抱だ>

八五郎  <やや、そろそろか?なんだか向こうのほうが騒がしいぞ>

熊五郎  <かもしれねぇな。この暑いなか、こんな長く待たせやがって。ここが宿なんだろ?早く来いってんだ>

与太郎  <でも楽しみだねぇ>

熊五郎  <来る前に暑さでぶっ倒れるなよ>

八五郎  <でもよ、おかしいのが、やけにお侍が目を光らせてねぇかい?>

熊五郎  <そうだな。なんだろう?いつもの大名行列よりも張りつめているような気が>

八五郎  <昨日の清の使者とも違う。殺気立って、今にも切り捨てられんじゃねぇかってくらいだ>

熊五郎  <よほど大事にされてるんだろ、カピタンってのが。それか、あまり近づいてほしくねぇか>

与太郎  <大事にされてるに決まってるよ。なんでも、お城じゃ将軍様とじきじきに会えるそうだからね>

熊五郎  <おっ、何から何まで忘れてたのに、だんだん思い出してきたな>

与太郎  <あたぼうよ>


【すると道の先からにわかに歓声が上がります】


与太郎  <きた>

八五郎  <いよいよだ>

熊五郎  <なんかこんな風景、昔もあったな>

八五郎  <いつだい?>

熊五郎  <いや、大昔、南蛮渡来の孔雀やら白象やらが来たときもそうだったんじゃねぇかと、ぼんやりとだが思い出したんだよ>

八五郎  <もしかして、結局今回も同じだったりしてな。カピタンの、正体見たり、畜生道、って>

与太郎  <くだらないね~>

八五郎  <うるせぇや>

熊五郎  <まぁ静かに待ってようぜ>


【江戸の夏の空の下、かげろう揺らめく遠くから、いよいよご一行が到来します。沿道からはいっそうの歓声や、興奮する人の中には待ってましたの掛け声まで。そうして見えてきたのは、この暑い中、ハットにステッキ、マントを身に着けたオランダ商館長ご一行でありました。カピタンとはこの人のことを指していたのです。普段執務している出島から、将軍家に慶事ありということで拝謁に参ったのでした。真っ白な顔に強い日差しに輝く髪色、沿道の人々に見慣れているのは供の人に差されている唐傘ぐらいといったありさま】


熊五郎  <おっ、きた。よく見ると、紅毛人じゃねぇか>

八五郎  <そうかそうか。おい、与太、あれがカピタンか?>

与太郎  <そうそうそう、思い出した。いつもは長崎にいる南蛮人が江戸に来るって、隣の長屋のお花ちゃんが言ってたよ>

熊五郎  <さらにそのおおもとは、長崎でもなくオランダだけどな>

与太郎  <へ~。オランダ。口に慣れない言葉だね>

八五郎  <カピタンと同じじゃねぇか。実物を見てようやく思い出したんじゃ、あとの祭りだ>

与太郎  <へへ、しょうがないよ>

八五郎  <昨日見た清国人は、着てるものは違えど俺らと似たような見てくれだったが、ありゃあもう、まったく違うな>

熊五郎  <顔のつくりも毛の色も。それに遠目に見ても、何て背の大きさだ。喧嘩してもひとたまりもねぇだろうよ>

与太郎  <喧嘩なんてここでもしないことだよ>

八五郎  <はは、その通りだ>

道ゆく人 <「昨日見た清国人」だって。昨日のは朝鮮国の人たちじゃないか>

八五郎  <ん?そこのおばさん、なんか言ったか?>

道ゆく人 <なんでもありゃしないよ>

与太郎  <言ってるそばから、喧嘩はよくないよ。あのおばさんが言うに、昨日の行列が清国じゃなかったんだって>

八五郎  <そんなわけあるか。旗に清道ってあったろ?それに昨日の野菜売りを見たろ?>

与太郎  <野菜売り?知らないよ、そんなのがいたのかい?>

八五郎  <おう、俺らが瓜を買った野菜売りだ。お前はまだ来てなかったか?あいつ、そのあとも女郎屋の下にいたんだが、とうもろこしがよく売れてた>

与太郎  <へぇ、それがどうしたの?>

八五郎  <考えてもみろ、もろこしってのは唐の土って書くだろ?そこにとうもろこしだ、もうひとつ唐の国がついてる>

与太郎  <なるほど、本当だ。ほん、唐だ、なんてね>

道ゆく人 <何を言ってるんだね、馬鹿だね、まったく>

八五郎  <何だとう?>

与太郎  <お、もひとつ唐>


【カピタンが三人のところに近づいてくるにつれ、沿道の騒ぎもよりいっそう増幅してゆきます。見物の人ごみも立錐の余地もないほどになってきました。今ではもう、よほどの大声でないと聞き取りにくいほど】


熊五郎  <まぁまぁまぁ。いいじゃねぇか。ただ、こうも混んでちゃ立ち往生だな>

与太郎  <こうもう?紅毛じゃないよ。あれは南蛮人だよ>

熊五郎  <ん?南蛮寺?いや南蛮寺は今はないだろ?長崎にはまだあんのかな?>

道ゆく人 <ちょっと、押さないで。順番守ってよ>

熊五郎  <順番って、んなもんありゃしねぇ。お前、何番だって言うんだ?>

道ゆく人 <え?何番でもないよ>

与太郎  <えぇ?あれ南蛮でもないの?あぁ、カピタンって何、もう分からない>


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【落語台本】カピタン 紀瀬川 沙 @Kisegawa

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