第4話「理想国家」
「おお、これこそ朕が夢にまで見た城」
ある朝、突然一人の男が叫びました。
「壮大なる石壁に囲われ、門は大男でも開けぬ鉄扉。まさに難攻不落を地で行くような理想の城であるぞ」
男は歌うようにぐるぐるぐるぐると歩き回りながら、言葉にならない奇声を上げました。
この男は、かつて王様でした。王様でしたが、あまりにもよい政治をしようとしたために、自分の国を滅ぼしてしまったのでした。
「ここは夢にまでみた理想の国!」
この男はもう一度王様になりたいと思っていました。昔は本当に気の優しい人だったのですが、国が滅んでしまってからは人が変わってしまい、今ではかなりの野心家なのです。
そこで、自分の(と言い張っている)お城の真ん中に立って宣言したのです。
「今より、この地を我が王国と定めたり。朕こそが初代国王である」
この新しい王様がいるのは、紛れもなく他の王様が支配する土地でしたが、新しい王様はそんなことお構いなしです。
早速、自分の国の決まり事を作り始めました。
新しい王様は半日悩んで、ようやく6条まで作りました。
これは、かつての苦い経験を生かした、すばらしい決まり事のようでした。
1.王様は一人です(ぼく)
2.死ぬまで王様は交代しません(選挙はしません)
3.王様は国の中で一番偉いです(神様と同じぐらい偉い)
4.王様の言うことに逆らってはいけません(逆らったら追放します)
5.王様と王様が許した人だけがお城に住めます
6.王様は税金を払わなくてもいいです
「よし、これで国家としての体裁は整ったぞ」
新しい王様はうきうきしています。思わず城中をスキップで駆け回ってしまいました。
ぐるぐるぐるぐる回ってると、新しい王様のおなかもぎゅるぎゅる鳴り始めました。
おなかが減ったのです。
新しい王様はぱんぱんと手を叩いて言いました。
「朕はおなかが空いたぞ」
新しい王様の声はお城中に響きわたりましたが、誰も返事をしようとはしません。当然、食事も運ばれてきません。
新しい王様ははたと気がつきました。
「そうか、国を作ったばかりで、まだ家来を登用していないからな。国民から有望な人材を探さねば」
新しい王様はやる気満々ですが、またおなかが鳴りました。
「腹が減っては政治などできないしな」
王様は考えました。しかし、一番大切なことを忘れていました。
「ややっ!我が王国には田畑が無いではないか!」
これは大変なことです。食べるものがないと、王様として仕事をするどころか、自分で食料を探さないといけません。
「王様といっても、わしはまだまだじゃ。しかし、理想国家の発展を志したからには鋭意努力していく所存であるぞ」
新しい王様がぶつぶつ言っていると、門の小さな穴から大きな目玉の男がのぞき込んでいました。
「隣の国の奴だな」
王様は威張って言いました。
「何だ、言ってみよ」
大男は何も言いませんでしたが、代わりに門の下の方についていた扉がぱたりと開きました。新しい王様が何事かと思いながら見ていると、足下からスープと小さなパンが差し入れられました。
「食事を持ってきたぞ」
我が意を得たりと、新しい王様はぽんと手を叩きました。
「なるほど、交易だな」
新しい王様は自分の城の中をぐるぐると回って、自国の交易品を探そうと努力しました。でも、交易できそうなものは見つかりません。
「我が王国は建国したばかりで、調度品すら用意できていないのでなぁ」
新しい王様は弱ってしまいましたが、大男が言いました。
「部屋の隅の・・・アレをもってこい」
偉そうな言い方をする奴だと、王様はむっとしました。仮にも朕は国王であるぞと言いたかったのですが、おそらく隣の国の連中は教養がないので言っても無駄だろうと思い、言うのをやめました。
部屋の隅を見ると、今朝運ばれてきた食器とおまるがありました。
さて、どちらだろうと新しい王様は考えたのですが、頭のいい新しい王様です。すぐに分かりました。
「そなたにはこの皿を遣わそう。我が王国とそなたの国との友好の証として。そして、食事の代として、食事によって得られたこの特産品を遣わそう」
新しい王様はお皿とおまるを足下の小さな扉から外に出しました。
「主君によくお伝えしてくれ。我が国は隣国との和を大切にしたいとな」
新しい王様が言うと、大男は無言で扉を閉めました。
こつこつと足音が遠ざかっていくのを聞きながら、王様は感激に打ちふるえていました。
「こんなすばらしい事ってあるだろうか。我が王国は血を流すことなく建国という偉業をを成した。そして、交易という栄光への第一歩をここに記したのだ」
王様はさらに振り向いて言いました。
「さらにすばらしいことは、何も無いにも関わらず朕のウンコが交易品として通用したことだ。食料とウンコを交易している限り、朕の王国に食糧難も困窮もあり得ないぞ」
王様は高笑いしました。その声は、狭い石の部屋の中で激しく強くこだましていました。
皿とおまるを受け取った男は、たった今起きた事を慌てて上官に伝えました。
上官はとうとう男の気が触れたと大騒ぎし、その騒ぎはすぐに王様の耳にも伝わりました。
お城の外では今日もみんなで王様の悪口を言ったり喧嘩をしたりしています。良く見ると、家来も一緒になって悪口を言っていたりします。
相変わらず誰もが自分の得になる事を主張し、損になる事を露骨に非難します。
誰もが得をして、誰もが頂点に立っていて、誰もが贅沢な暮らしをする事を主張します。かつてこの国の王がそれらを許したがために、この国が今の形になった事を彼らは忘れてしまっています。
王様はお城のてっぺんから城下の喧騒を眺めています。そして、大きな大きな溜め息を吐きました。
「あのうるさい愚民どもが自分の国民かと思うと腹が立つ。何処か、愚民どものいない地は無いものか」
「何処でも同じですよ」
従者が王様に言うと、王様は首を横に振りました。
「さっき連絡があったが、小さな独立国家ができたそうではないか」
王様は窓を閉め、従者に言いました。
「何も無いが、愚民どもの声に惑わされる心配はない。あれこそ理想国家と呼べる物かもしれぬ」
「はあ、しかしアレは……」
従者は困ったような顔をしました。
「それにしても、愚民どもを野放しにして国を潰した挙げ句、今度は地下牢で独立国家ごっこを始めるとはな……」
愚民ども ラグランジュ金剛 @Lkongo
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