第3話「国民の声」
お城には多くの家来がいて、朝から晩まで政治のことをああでもないこうでもないと話し合っています。
その中には、王様の考えることを全部正しいと思う人もいますし、王様と仲が悪く、王様の言うことが気に入らないと言う人もいます。
王様と仲が悪い人は、王様のことなんか聞きたくありません。何とかして自分の意見を通したいのですが、なかなかうまく行きません。
たいてい王様の言うことは正しいのですが、たまには間違っていることもあります。そんなとき、王様の味方をしたい人も悲しい気持ちになります。
王様に「分からず屋」と言えたらどんなに気持ちいいことでしょう。
でも、家来という立場上そんなことは言えません。そんなことを堂々と言ったら、お城で暮らせなくなりますからね。
さて、今日も朝から政治についてのお話です。
今朝の議題は、王様が考案した「大型間接税」なる新しい税金です。
これまではお金持ちのための贅沢品から税金を取っていたのですが、これからは日々の生活に欠かせない食べ物や服などからも税金を取ろうと言うのです。
お金持ちからも、貧乏人からも、何かを買う度に平等に税金を取ろうと言うのです。
これまでの税金はお金持ちにばかり損をさせて、その他大勢の一般市民にとっては無関係でした。
税金を納めないくせに税金でまかなう公共サービスを要求するのは間違っている。公共サービスを受けたければ、みんながお金を払うべきなのだ。王様はそう思いました。
お金持ち達は大喜びで王様の考えを支持しました。王様はみんなが支持してくれていると思って大喜びです。
家来の一人が王様の言うことに反対しています。富んだ者からも貧しい者からも同じように税金を取る事は不平等をますます大きくしてしまう事になると言うのです。
生活必需品が税金で高くなると、貧乏人の生活が厳しくなると。
家来の言葉ももっともなのですが、王様は聞く耳を持ちません。家来よりも市民の言葉の方が重要だと、この時だけは考えています。お金持ちを普通の市民と同じに扱って良い物か、少し考えてしまうんですけどね。
和気あいあいとしたお昼ご飯のあと、また家来達は王様の前で説得を試みます。
「王様、『大型間接税』は一般市民の生活を圧迫する悪法です!」
「誰がそんなことを言ってるんだ?おまえは馬鹿だ」
王様は言いました。みんな笑っています。
馬鹿だと言われた家来は恥をかかされました。しかし、この家来も負けず嫌いなので黙って椅子に座るなんて事はできませんでした。
「みんなが言ったんです」
顔を真っ赤にしながら家来は言いました。
「みんな?おまえの家族か?お隣の家族か?それともお庭のポチか?んー?」
家来はますます恥をかかされています
しかし、引き下がるわけには行きません。
家来はやけくそになって言いました。
「国中のみんなが言ってます」
このとき、家来は苦し紛れに脳裏に浮かんだ言葉を口にしました。
「国民が、国民が言っています」
「国民が!?」
国民という言葉に、王様はびっくり仰天。
家来は急に気持ちが良くなって続けます。
「これは国民の声なのです!」
王様は『国民』という言葉に驚いてしまいました。
噂はあっという間に町中に広まりました。
あの頑固な王様が『国民』という言葉を持ち出されただけで考えを改めたとあっては、みんな驚かないはずがありません。
そのうち町中でこの言葉が流行し始めました。
愛国の志士も左翼の危ない人も、誰もが国民という言葉を使うようになりました。
ちまたには国民の声の代弁者と名乗る人がうろうろしています。
何を言っても国民の声だといえば許されます。何だか国民という言葉が一人歩きしているようです。
「誰がそんなことを言った!?」
「国民だよ、国民が君の悪を指摘している」
政治家も言います。
「この国をたださなければならない、これは国民の総意なのです」
「何ですと、あなたの横暴な振る舞いを国民は許しませんよ」
「私は国民の意思に沿って行動しているだけで、決して横暴などではない」
「いいえ、私は国民の代表者としてあなたを非難しているのです」
両者が国民を後ろ盾に口論し始めるとむちゃくちゃです。
国民って、一体誰の味方なんでしょう??
王様は最初、なるほど国民の声とは複雑怪奇な物だと思っていました。
国民はたくさんいるわけですから、いろんな事を言っていてもおかしくないと思っていました。
でも、国民の声同士で喧嘩をしているのを見るうち、何かおかしいということを薄々感じ始めました。
「この町には、いろんな種類の国民がいるようですな」
家来の一人が言いました。
「この町には『国民』という名の人間がいるのではないかと思う事があります」
「そう、それも異なった考え方を持った連中がたくさん」
他の家来も相槌を打ちました。
王様は頭を抱えて寝室にこもってしまいました。
王様がいなくなったあと、家来達がひそひそ話を始めました。
「国民とは何なのでしょうな」
「私共も国民には違いないが」
「なるほど、ではこれまでも王様は国民の声を聞いていたのですな」
「やはり政治の王道を無学な町民どもの声で汚すわけには行きませんな」
「我々の声こそ真の国民の声」
「愚民どもに鉄槌を下しましょうぞ」
「兵を集めて、愚民どもに国民の代表である議会の恐ろしさを思い知らせましょうぞ」
何やら物騒な話になってきたようです。
町では国民同士で喧嘩を始めています。
ありとあらゆる国民達が我こそ正義なりと声高に叫び、歯向かう非国民に石を投げます。非国民と呼ばれた人はその仕打ちに腹を立て、我こそ真の愛国者なりとばかりに投げかえします。
最初は城下町だけでしたが、そのうち騒ぎはどんどん広がっていきました。
いいえ、広がるだけではありません。事の発端となったお城の周りにも長蛇の列。
お城の周りは国民だらけです。
「王様に会わせろ、王様に会わせろ、我々国民の声を王様に!」
「王様は国民の声に耳を傾けよ」
「国民は王の横暴政治を許さない」
もはや王様も寝室にこもって枕を抱えていびきをかいている場合ではありません。
寝室から出てきた王様はにやにや笑っていました。
家来は山になった国民達の陳情書を王様に恭しく差し出しました。
「国民の訴えでございます」
その山の一番上は、家来が自分で書いた物でした。
王様はにやりと笑うと、その一番大事な一番上の陳情書を手に取り、ちーんと鼻をかんでくしゃくしゃっと丸めて捨てました。
「王様、これは国民の声ですぞ。国民の」
家来は血相を変えて叫びましたが、王様は平気です。
「今のわしは今までのわしとは違うぞ」
王様はふふんと鼻で笑いました。
「わしの声は神の声だ。王様は国民よりも偉いのだ」
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