第2話「責任の所在」
広い広い地球には、お金持ちの国もあれば、貧しい国もあります。でも、王様一人だけがお金持ちで、みんなが貧乏と言う国が一番多いみたいですね。
国民はいつも苦しめられています。いつの時代も幸せは訪れません。
……本当ですか?
「あーあ、我々の国は貧しいなぁ」
一人の農夫が畑に種を蒔きながら言いました。
「そうだよ、こんなに働いてるのに一向に生活が良くならない」
隣の畑を耕していた農夫も相槌を打ちました。
すると、そのまた隣の畑で草むしりをしていた農夫が大きな声で言いました。
「こんなに働いてるのに、綺麗で立派な家に住めないなんてね。あーあ」
三人の農夫は揃って溜め息を吐きました。
種を蒔いていた農夫は急に手を止めて、隣の隣にまで聞こえるように言いました。
「そうだ、家だよ。この国の家は高すぎるんだ!」
聞いていた二人の農夫は一斉に首を縦に振りました。
「じゃあ、大工に文句を言いに行こう」
畑を耕していた農夫はくわを放り出して、さっそく大工の家に向かい始めました。
草むしりをしていた農夫も草むしりをやめ、種を蒔いていた農夫は残りの種を適当にばらまいて、一緒に大工の家に向かいました。
「やあ、一体三人で何の用だい?」
「やいやい」
「やいやい」
「やい、大工。お前が家の値段を吊り上げるから、我々の家がしみったれた小さな家なんだ。国全体が貧しいのはお前のせいだ」
三人の農夫は声高に大工を罵りました。
小さな家から出てきた大工は困った顔をしました。
「うちを見たまえ。確かに自分で手入れをしているから建物は綺麗なもんだが、こんなに狭い。それに、家一軒建てたところで、お前さんたちが思うほど儲かってない。もしおれが儲けているなら、どうしておれがこんなちっぽけで狭苦しい家に住むかね」
「なるほど」
「たしかにそうだな」
三人の農夫は腕組みをしながら納得しましたが、新たな疑問が増えてしまいました。
「では、誰が悪いんだね?」
「俺じゃなく、土地と家を売ってる不動産屋が悪い」
大工は得意げに即答しました。
「なるほど。では不動産屋に行って文句を言おう」
「それがいい」
三人の農夫と大工は一緒に不動産屋に行きました。
「おやおや、今日は珍しい。四人もいっぺんにお客様がいらっしゃるとは。はてさていったいどんな土地をお探しですか?」
揉み手をしながら出てくる不動産屋に、三人の農夫と大工は凄んで見せました。
「やいやい、お前が家と土地の値段を釣り上げるから俺たちの生活が良くならないんだ」
「お前のせいで俺たちの家は狭苦しいんだ」
「国が貧しいのはお前のせいだ」
つばをびゅんびゅん飛ばしながら、四人は勢いよく不動産屋に詰め寄ります。
不動産屋は慌てて言いました。
「あなたがたは勘違いしている。私が一体いくら儲けてると言うのかね。不動産屋が儲かるとお思いかね?」
四人は肯きますが、不動産屋は大きく首を横に振ります。
「私は土地や建物の取引をまとめてやってるだけで、お金の大半は大工が持っていくから、大した儲けなんかあるもんか」
「おれはほとんど儲かってないぞ」
大工が不動産屋をぎろりとにらみました。
「むう……そうだ、土木工事の連中が儲け過ぎてるんだ。適当に土地を均して平らにしてるだけなのに。大人数でちんたら仕事をして大飯食らってる奴等に比べたら私の稼ぎなんてスズメの涙だよ」
相手が客でないと分かると、態度がでかいオヤジです。
「そうか、土木作業員が儲け過ぎてるんだ。本当に悪いのはあいつらなんだ」
三人の農夫と大工は納得して、不動産屋と一緒に五人で土木作業員の事務所に向かいました。
五人が事務所に踏み込んでいくと、いかにも腕っぷし以外に取り柄のなさそうな男たちが待ち構えていました。
「おや旦那様、こんな所に何の用ですかい?」
比較的まともそうな親方が挨拶をしました。
不動産屋はしかめっ面で親方に言いました。
「単刀直入に言うが、お前らの給料が高すぎるおかげでみんな迷惑しているんだ」
「お前らのせいで国が貧しいんだ」
鼻息の荒い農夫たちですが、親方には何がなんだか分かりません。
大工は一応説明しましたが、それを聞くと土木作業員たちは一斉に怒り始めました。
「お前ら、家一軒建てる土地を均すのに、どれだけ力仕事が必要だと思ってる。飯代だけで儲けなんか無くなっちまうよ」
親方は呆れたように言いました。
「俺たちは言われるほど儲けてないぞ」
自分たちが疑われると思った農夫たちは、先に反論しました。
「そうだ、悪いのは俺たちから安く買い叩いている市場の連中だ!」
だいぶペースの掴めてきた農夫たちは大工と不動産屋と土木作業員たちを従えて市場に行きました。
「何だって?俺たちから仕入れた食材を何倍もの値段で売ってる食堂の連中に言うべきだろう!」
市場の商人は目の前の食堂を指差しました。
「そうか、食堂が……」
大工が言おうとすると、たまたまそれを聞きつけた食堂のおやじは大声で言います。
「酒屋に言ってくれ。奴らは大きな樽に材料を入れてほったらかしたものを、小分けにするだけで儲けてやがる。あと、すぐ刃こぼれする包丁や穴の開く鍋を売りつける金物屋や、すぐ壊れる椅子しか持ってこない家具屋にも文句言ってくれ」
「では……」
「俺じゃない。木こりだ」
「俺じゃない、向かいの帽子屋」
「学校だよ、学校」
「警察だよ」
「馬屋のせいだ」
「牧場が悪い」
「牛乳屋に言ってくれ」
「宿屋が悪い」
「漁師も悪いぞ」
「乞食がいけないんだ」
「主婦だ、主婦に決まってる」
「子供のせいさ」
「教会が一番悪い」
「神様だよ、神様」
「悪魔じゃ」
「魔法使いはもっと酷いぞ」
「うちのカミサンだよ」
「隣のバアサンに決まってる」
「ジイサンの方が悪い」
「盗人だ」
「踊り子に貢いでるからだろ」
もう、無茶苦茶です。
いちいち納得する間もなく、みんな責任を誰かになすり付けていきます。
騒ぎはどんどん大きくなり、夜が明けた頃には国中大騒ぎ。みんなで自分の貧乏はお前が悪いと言って罵り合っています。
「えっと、みんな悪くないとすると一体誰が残ってるんだ?」
騒ぎの中、急に冷静になった農夫たちは頭の中に色々な人の姿を思い浮かべました。
「みんな悪くないって言ってるしな」
もう、街にも村にも責任をなすり付ける相手はいません。
たとえ誰かが残っていたとしても、きっと反論するでしょう。
それに、誰か一人の悪事でここまで国が乱れるものでしょうか。
みんな、誰か大事な人を一人忘れているようです。
間違いなく誰もが認める絶対悪の権力者。
「そ、そうだ。いたぞ!」
「誰だ?」
「王様だ。王様が悪いんだ!」
農夫が叫ぶと、辺りは一瞬静まり返りましたが、すぐに大きなどよめきが沸き起こりました。
「そうだ、王様だ、王様が悪いんだ!」
「王様に文句を言おう」
わけの分からない事を口走りながら、群衆は一斉に城に向かって走り出しました。
小さなお城の回りは黒山の人だかり。まるで革命でも起きたかのよう。
今にも火を付けそうな剣幕です。
衛兵はさぞ困っているだろうと思いきや、良く見ると衛兵まで城に向かって石を投げたり奇声を上げたりしています。
最初は黙って見ていた王様も、とうとう怒ってみんなの前に出て言いました。
見ると、王様も粗末な服を着ていて、そうと言われなければ王様だとわからないような恰好。
「あれ、王様は誰のせいで貧しいんですか?」
「お前ら国民が真面目に税金を払わないから、この国は貧しいんだ!」
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