あの子に届かない手紙

夏山茂樹

黒い蝶は夕空を舞う

 むかし通っていた小学校の隅っこに、ひっそりと建っていた不思議なオブジェ。三角形を歪な形に組み合わせて、蝶の羽根のようだったのを覚えています。

 幼かった僕は、病気で太陽の下を歩けないあなたにレインコートを着せて、よくそのオブジェの横に立たせてスケッチしていましたね。


 あなたは嫌々そうに僕のお願いを聞いてくれて、夕方になると日時計のように影の形が変わってあなたの背中に黒い蝶の羽根が開いているようでなりませんでした。

 風が吹くとたまにチラリと覗いたあなたの気持ちよさそうな顔は、光が一瞬当たるとその虚ろに光る瞳が僕の中ではどこか神聖なものに映ったのです。


「黒い蝶だね。今のきみ」


 きれいだ。そう付け足して言ってやると、あなたの白い頬が鮮血のように紅潮して、口角が上がったものでした。


「そんなことないっつの、バカ」


 うつむきながらそう返すあなたの桃花の香りがする黒髪も、砂糖のように甘い唇も、今になっては遠い遠い過去のものです。


 それでも僕が幼心にどこかで愛したあなたにこの手紙を出すのは、またどこかで会えると信じているからです。あなたが大事な人を忘れられなかったように。

 あの日校庭でスケッチした黒い蝶は、今も部屋に飾ってあります。その黒い蝶は小さな羽根を羽ばたかせて、どこへ行ったのでしょう。僕はその行方を今も探しています。


 だからどうか、あなたも僕のことを思い出した時は、あのスケッチをしていた眼鏡のちびっ子を思い出してあげてください。


 最後にひとつ。僕は「さようなら」を言いません。代わりに、また会いましょうとだけ。蝶の今を思いながら。

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あの子に届かない手紙 夏山茂樹 @minakolan

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