第10話 シスコンとは聞いてないです
エステルの弟、リゼルグが来てから思ったことがひとつある。
こいつうっっっっざい。
「エステルゥゥ、ごめんよ~僕が戦後処理をしに行ったばかりに一人にしてしまって~。寂しかっただろ~? 毎晩泣いていやしなかったかい?」
かれこれ一時間ぐらい同じようなことを言いながら私にへばりついてくる。アロンアルファか!! となんどつっこみたくなったことか‥‥。あ、アロンアルファというのは非常に強い接着剤の名前だ。
「ちょっと‥‥、剣の練習をつけてもらってるんだからいいかげんあっち行ってよね‥‥。危ないじゃない」
「そんなことなら僕とやろうよ! というかエステルなら十分強いから練習などいらないじゃないか。それに‥‥エステル、剣の型、変えたのかい? 変わった振り方をするね」
まずい。こいつに記憶がなくなったことを知られると面倒なことこの上ない気がする。絶対に知られてはならないと本能で悟った。
「そ、そう! さらなる高みを目指しているの!! これで人間もコテンパンよ!」
「ふ~ん。そうなんだ~。まあエステルならできるよ絶対。でも、なんか怪しいな~」
リゼルグが私の顔をのぞきこんで言った。既にかなり怪しまれている。あほそうな言動をしていた割にするどい。だてにエステルの弟をやっていないようだ。
そこに更なるあほがやって来た。
「りぜるぐさん~、そういえばご存知ないんでしたもんね~、実はえすてるさんんぎゃあ!?」
私は出しうる力の80%でそのあほを蹴り飛ばした。80%といえどさすがはエステル、かなり遠くへ飛んでいった。
「トリンちゃん~? ナメクジが服についてたよ~? 大丈夫かな~?」
「ナ、ナメクジ~~!? びやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁだれかとって~!」
近くにいた兵士がトリンを助けに近寄っていった。全く危ないところだった。油断もすきもない。当分は大丈夫だろう。
「? トリンさんは何を言おうとしていたんだろう? ますます怪しいな~。それにしてもエステル、僕がこうやってしつこくすると、『アロンアルファか!! わしにくっつくでない!』って僕に全力で切りかかるのに‥‥どうしたんだい?‥‥おかしい」
まさかのあのつっこみが正解だったという。いやまずこの世界にアロンアルファがあること自体びっくりだわ。しかもエステル、実の弟に全力で切りかかるのか。うざいのは分かるが‥‥全力でか。
「べ、別に何もおかしいことなんかないわよ? もう全く! アロンアルファみたいなんだから! なんつって!」
「おかしいな~怪しいな~。ま、まさか‥‥」
これは‥‥バレたか‥‥?
「僕への愛がMaximum《マキシマム》に達っしたのかい!? Maximum《マキシマム》つまり最大‥‥!! やっと素直になったんだねエステル!! 嬉しいよ! 大好きだ!!」
(‥‥‥ば、ばかでよかったああああああ)
「ウンそーそー、そーいうコト。ダイスキリゼルグ」
リゼルグが思いっきり抱きしめてきた。私は抱きしめられてやった。シスコンってこういうことなのだろうか? ここまで人をだめにするのか‥? 人ではないが。
思う存分抱きしめさせてやったら満足したようだ。私から少し離れた。
「すみませんベンゾイルさん、こいつには本当のことは伝えないように隊員達に口止めしてもらえませんか?」
リゼルグが離れた隙をついて私は、剣の稽古をつけてくれていたにも関わらず、ここまで放置させてしまった隊長のベンゾイルにコソっと口止めを頼んだ。ベンゾイルはわかったと言う代わりにウインクを送ってきた。あの怖さはどこへ行ったのか。ただの可愛いおじさんだ。
「エステル、前回は違う隊に配属されてしまっていたけど、今回は同じ隊だね‥! 僕が人間からも、帰神からも、守ってあげるからね!」
まあ、守ってくれるというなら悪い話ではないだろう。それにこいつは、少し、いやとてもうざいだけで、私には敵意どころか前面肯定な魔族だ。うまく使えばかなり私の助けになるはずだ。なんとかこいつとはうまく付き合っていこう。そう決心した。
「す、すみません、エステル様! 僕に稽古をつけてくださいませんか!!」
間に割って入ってきたのはクレインだった。あの今回から騎士団に入っただとかいう少年だ。きっと話しかける機会をずっと伺っていたのだろう、丁度いい具合のタイミングで来た。
「ああクレインくん! 私に務まるかはわからないけど、いいよ~やろkk」
「貴様! 俺のエステルに気安く話しかけてんじゃねえ! 俺たちはもう相思相愛なんだ! 話すなら俺に許可を取ってからにしろ! まあ俺が許可を出すのは100世紀後だがなあ! はあ!!」
リゼルグはクレインの胸倉をつかんで怒鳴りながら言った。まさかの独占欲強めのシスコン。度を過ぎたパターンのシスコン。しかもキレると“俺”呼びになるのか。
いやこいつをうまく使うことなどできない、うまく付き合っていくことなどできないと悟った瞬間だった。
この後クレインはリゼルグに稽古と称されたいじめにあったのだった。練習場には悪魔の笑い声と子猫のような叫び声が響き渡った。
**********************
「は! ここは‥‥さくらの世界か‥。結局、こちらに戻されるのじゃな‥‥」
さくらの体になったエステルが日本で向かえた二度目の朝だった。
エステルは川原の橋の下で目を覚ました。
ある日とつぜん黒魔王の右腕になったのでクビにしてもらってもいいですか なーこつ @narkotu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ある日とつぜん黒魔王の右腕になったのでクビにしてもらってもいいですかの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます