王国歴1002年
薔薇姫と空の王子様
大事なお話があるから。そう言われる度、ぼくは悲しい気持ちになる。君には関係ないよ。君には分からないよって決めつけられるようで。
「父上は陛下と大事なお話があるから、待っていてくれるかな?」
「……はい」
こっくりと頷いて、ぼくは父上の手をはなした。本当は一緒にいたいけれど、わがままを言って父上を困らせたくないから。
おしごと……ぼくにもあればいいのに。このお城の中では、ぼくはいつでも邪魔者だ。
「公子。ここに居ては退屈でしょう? フィリアス殿下を訪ねてみてはいかがですか? 同い歳ですし、仲良くなれば大公殿下もご安心なさるでしょう」
ほらね。遠回しに邪魔だって言われてる。
僕はまたこっくり頷いて、部屋を出た。執政官さんたちのホッとした顔を見逃さなかった。
『フィリアス殿下に取り入りたくて毎回公子を連れてくるのだろうが、いい迷惑だ』『あんな女の子みたいな子では護衛にもならない。付き纏われて殿下もお困りだろうに』『本当に女の子であれば良かったのに』って言ってたのを知ってるんだからな!
……ぼくだって、来たくて来たんじゃないのに。
父上は、友達は自由に選びなさいって言ってた。
フィリアス様はぼくをバカにしないし優しいけど、とりまきが多くて近づけないし、大公の子供だから贔屓されてるってにらまれるからこわい。
それに……ぼくはどこに行っても“うそつき公爵”の子だってバカにされる。
『生まれた時から魔法が使えないんだよ』と言うと、『うそつきだからだ』って言われる。そのうちぼくは何も言えなくなっちゃって、透明人間になったような気分になる。ここにいてはいけないって思って悲しい気持ちになる。
大人は子供どうしなら簡単に仲良くなれると思ってるけど、そんなわけないじゃん。お城には大人も子供も、意地悪で嫌なやつらばかりだ。そんなやつらとどうして仲良くしないといけないの?
できれば誰にも会いたくない。……そう思ってたのに。
「また来たのか嘘つき!」
フィリアス様に会わないようにわざわざ遠回りして離宮の方に来たのに、とりまきに見つかってしまった。ぼくより歳上の貴族の子が三人。ジリジリと噴水の縁に追いつめて、ニヤニヤしながらぼくを見下ろす。
「魔法が使えない人間なんていないって父上が言ってたぞ! やっぱりおまえ嘘つきじゃないか!」
「クレンネル家はセンゾダイダイ嘘つきなんだって! 嘘ついてエリオスをだまして公爵になったって父上が言ってたよ!」
「本当は貴族でもないくせに聖王様の子だって嘘をついたんだろう!?」
「嘘つき王子!」
「嘘つきはフィリアス様に近づくな!」
ドンとむねを強く押されて、ぼくは悲鳴を上げる間もなく噴水に背中から落ちた。バシャンと水しぶきが上がって、猿の鳴き声みたいな笑い声が上がる。鼻の奥に水が入ってツンと痛い。
「風の魔法を使えよ嘘つき!」
「エリオスをだました嘘つき王子だから、風に嫌われてるんだろう?」
「あはははは!」
涙でぼやけた世界で、三匹の猿がまだ手を叩いて笑ってる。
だから、いやだったんだ。
ずぶ濡れのまま、ぼくは逃げた。それ以上、アイツらの笑い声を聞きたくなかったから。
もう、いやだ。シュセイル人はみんなクレンネル家を恨んでる。仲良くなんてできないよ! ローズデイルに帰りたい。母上と兄さんに会いたい!
アイツらが追いかけて来る気がして、ぼくは王宮の奥へ奥へと逃げた。誰にも見つからないように、とにかくどこかに逃げなきゃって思って、めちゃくちゃに走った。そうして夢中で走るうちに、ついにその場所にたどり着いた。
戦神の風が吹くシュセイルの浮島には、ふしぎな庭園がたくさんあるって父上に聞いたことがある。その場所もそのうちのひとつだったのだろう。その場所は夏の薔薇、冬の薔薇がごちゃ混ぜに咲くふしぎな薔薇のお庭だった。
ここなら大丈夫だ。なぜか、そんな風に思った。
ぼくの左手の甲には白薔薇の
ぼくは、お庭の一番奥の白薔薇の樹の裏に隠れて、父上が迎えに来るのを待つことにした。
見上げれば、おひさまは空の一番高いところにあるけれど、少し日陰に入ると寒い。
ちょっと走ったぐらいでは乾くわけなくて、ずぶ濡れの服が身体に冷たく貼り付いている。薔薇の樹の裏に入る時にトゲで引っかいた傷がじんじん痛んで、悲しさがふくらんでいく。
一度落ち込むと、ずぶずぶ沈んでいくようで、うそつきって何回も言われたのに、一回も言い返せなかったなぁなんて今頃になってムカついてきた。
魔法が使えないのは本当だし、ぼくは何を言われても仕方ないけど、ぼくのせいで父上や兄さんが悪く言われるのが悲しくて悔しくて、なのに何にもできなくて、涙がこぼれる。
誰も見てないからいいやって思ったらもう止まらなくて、ぼくは膝を抱えて泣いた。
どんなにお願いしても、シュセイルの風は言うことを聞いてくれない。どんなにがんばっても、ぼくは魔法が使えない。それは、ぼくたちがうそつきだからなの?
ぼくは父上や兄さんがウソをついたところなんて見たこと無いのに。ぼくたちはただ、クレンネルの家に生まれただけなのに、どうしてそんなことを言われなければいけないの?
すんすん鼻をすすりながら、バカにしてきたアイツらがひどい目にあえばいいのにって呪っていたら、ふいに空が暗くなった。
「……そんな所で何をしてるんだ?」
ひいと声をのみこんで、ぼくはゆっくりふり向く。薔薇の樹の向こう側に、知らない男の子がいた。銀色の髪に空色の瞳、褐色の肌の子で、色白が多いシュセイルでは見ない顔だった。もしかして、ずっと南のグランシア人かな?
「あいつらが探しているのはお前のことか?」
やっぱりアイツら、ぼくを笑いものにしようと追いかけて来たんだ。のどにつまった言葉の代わりに涙がこぼれた。グランシア人ぽい男の子は困った顔でほっぺたをかく。
「答えたくないなら別にいい。でも……お前、傷だらけじゃないか」
そう言って、こっちに手を差し出した。
「ほら、手を伸ばせ。そこから出よう? かくれたいならもっといい場所に連れて行ってやる」
この子、もしかしてぼくが誰だか知らないのかな? グランシア人だからシュセイルのことをよく知らないのかもしれない。ぼくがクレンネル家の子だってことも……?
「俺はディーン。ベアトリクス・アスタール侯爵の子だ。お前、名前はなんていうんだ?」
アスタール侯爵家はたしか、フィリアス様と仲が悪いんだよね? だからぼくのことを知らなかったんだ。
でも……きっと、ディーンも僕の名前を知ったら、他の奴らみたいに酷いことを言うにちがいない。そう思ったら、よけいにぼろぼろ涙が出た。ディーンがびっくりした顔をしている。
「……クリステぁ……る」
嫌われたくない。だけど、ウソをつきたくない。どっちつかずの思いが語尾を微妙ににごしてしまった。けれど、ディーンはぼくのふにゃふにゃな声を笑わずに、なんでもない顔で頷いた。
「ふうん、そうか。クリスタか」
伸ばしかけて迷ったままのぼくの手をつかむと、握手するようにぶんぶんふる。ちょっと乱暴だ。
「え……ええと、う、うん」
ぼくはウソは言ってない。ディーンにはまちがって聞こえたのだとしても、それはぼくがウソをついたってことにはならない。……はずだ。
でも……やっぱりちゃんと言ったほうがいいのかな?
もじもじ悩みながら薔薇の樹の裏から出ると、つないだままの手から熱い何かが伝って、ぼくの髪を吹き上げて全身をぶわっと通り抜けた。なんだか身体がぽかぽかするような?
服にさわってみてそれが風の魔法だと気がついた。ディーンが乾かしてくれたみたいだ。
「傷を治す魔法はまだ習ってないんだ。ごめんな。まずはその傷を治してもらいに行こう!」
「う、うん」
ぼくの手を引いてディーンは走り出した。走っている途中で意地悪なアイツらを見たけど、もうこわくなかった。びっくりした顔で何か言ってたけど聞こえないし。
薔薇のトゲで引っかいたところがピリピリして痛かったけど、なんだか楽しくなってぼくは笑いだす。ディーンもうれしそうに笑った。
「クリスタ! 竜を見たことあるか!? 傷を治したら見に行こうぜ!」
「うん!」
薔薇の城からぼくを救い出したその子が本当の王子様だって知った時、ぼくはうれしいような泣きたいようなそんな気持ちになったんだ。
ああ、やっぱりぼくは違うんだ。王子様なんかじゃなかったんだって安心したのかもしれない。
あとから、ディーンがぼくを女の子と間違えてたって聞いてがっかりしたのは……うーん、まぁぼくもちょっと悪かったし、仕方ない……のかなぁ。
陽水晶の傷痕 小湊セツ @kominato-s
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