第2話 神の国 『アースガルズ』
「旦那様?旦那様!!」
はっと意識を取り戻す。見渡すといつもの城の景色だ。真っ暗な壁に魔法で作った灯りが照らし、視界は悪くない。いつのまにか自分の居城に帰ってきてたようだ。
目の前には赤い絨毯と大きな柱が数本。天井には巨大なステンドグラスがあり、5つの頭を持つ蛇の模様がかろうじて外から来る灯りで光っている。
そして右にはこちらを心配するように覗き込む執事の姿があった。
「あ、あぁ、セバスチャンか。すまない、少し、呆けてた。」
「珍しいですね。それに、いつもは自室に篭られるのにここにお座りになるとは...何か外でありましたかな?」
そう言われると確かにいつもは自室のベッドで寝ているか、本を読んでいるか、一種の引きこもりのような生活をずっとおこなっていたのだが、今回に限って違い、城の応接間の玉座に座っていた。
「いや、別に特になかったよ。ただ、ここに帰ってくるときに人助けをしてな。」
「人、ですか。ここには用はないはずですから、ニヴルへイム?いえ、アースガルズにでも向かっていたのでしょうか。」
「恐らくはどこかの偉い人だろう。助けた際に女性にお礼を言われたんだが何というかこう、胸の方が苦しいんだ。いまでも。」
彼女、白い薔薇のように美しかった女性が握ってくれた手を見つめながら言った。その様子を執事はニヤニヤとした様子で
「なるほどぉ。そういうことですか〜。そういうことでしたら私にお任せください!」
「は?セバスチャンどうしたんだ?」
「はい!このセバスチャン・アトラス!死んでいるいまモンスターとなる前の人間の知識を使って旦那様にご助力いたしましょう!」
「おまえ、確か人間の頃の記憶はないんじゃなかったのか?」
そう、この執事はただの執事ではなく、全身が骨だけになっている。元は人であったが、死んでからスケルトンとなって、この世に戻ってきて、カシャフに仕えている。
人の頃の記憶はなく、いま彼が着ているバトラーの服はカシャフと会った時から着ているものでその身なりからは元は大貴族に仕えていたものと思われる。
そして、肌はないのに髪や髭は健在しており、右目にはメガネのようなものをかけている。
「いえいえ、この記憶に無くとも魂が覚えております。では、善は急げという言葉どおり、早速向かいましょう!」
「どこにだよ。...まさかとは思うが彼女に会いに行こうとしてるのか?やめとけ。もうどこにいるのかもわからん。」
「いえ。当てはあります。兵士を連れたものがわざわざこの国を通るとすれば、あそこに向かうぐらいしかありません。」
「どこかあったか?ニヴルヘイムか?」
「いえ、人間たちの最大都市がある国。世界の中心に最も近い国『
–––––ヘルヘイムより北へ数十キロ。世界樹ユグドラシルがそびえ立つ人類最大の都市『イザヴェル』。
それは都市というにはあまりにも大きく、その広さは『アースガルズ』の半分以上を占め、後は緑の大地と周りを囲む海しかない。
この『アースガルズ』は9カ国の中で唯一水に囲まれた島である。そして『イザヴェル』の外壁が草原にそびえ立ち、その中では人と魔族が入り混じり、仲睦まじく暮らしている。
ユグドラシルの樹の頂上は神々のいる国へと行くことができるとされる橋『ビフレスト』があり、その樹の麓では九竜の一角、『
––––イザヴェルの門を潜ったその先にあったのは...
「よってらっしゃい見てらっしゃい!聖冠式名物『聖冠まんじゅう』!ここにきたお土産にいかが?」
「ジューシーな焼き鳥ならうちが一番!」
「うちの焼肉はこってりの旨味たっぷりソースにつけているからお酒の相性抜群!ここで買わないと損だよ〜!!」
「射的やってるよー!特賞はかなり豪華だよ!!お子さんや親御さん、はたまたは冒険者の方!一回どうだい?」
門を抜けるとそこは喧騒そのもの。急ぎで作ったかのような出店が待ちの中央にまで並び、そこに人が集中している。そして、出店の裏には石造りの家々が並び、おそらく人に疲れたのだろうか、階段でぐったりしているもの。
仲良くおしゃべりするもの。
そこには色々な人がいた。
かくゆうこの男もすでに人に疲れていた。
「セバスチャンン...帰りテェ...人多すぎる」
「早っ!!まだ入って1分ぐらいですよ?我慢しましょう。ね?」
セバスチャンに首根っこを掴まれた猫のように引きずられていく。
また、全身骨のセバスチャンがここにいても騒ぎにならないのは自分に幻術をかけ、肉体をつけているからである。いつのまに覚えたのか。
街の中心にいける大きな通路でさえも人の波ができてしまうほど混雑している。
「いつもこんなに人がいるのか?この街は?ウォエ...何回かこの街見たけどさすがにここまで多いのはないぞ」
「確かにそうですね。私も何度かここへ訪れているのですがこんなにもいるのははじめてですね?」
先ほどまでバラバラに波打っていった人混みが急にある一定方向へと流れ始め、その中に入っていたカシャフとセバスチャンはその波に飲まれた。
先ほどとは打って変わってなにかその方向にあるかのように人は動き、その波の強さに流石の2人も抗えることができず、なされるがままに流されていった。
「うお!なんだなんだ!こいつら気でも狂ったのか?」
「わかりません!とりあえずこの波に便乗しましょう!なにかわかるかもしれません!」
そして2人はイザヴェルの中心街にまで流された。そこで人々は真ん中に道を開け、何かを待っている様子だった。その中にいる誰もがティアラの模様の入った白い小さな旗を振っていた。
カシャフが不思議に思いながらも人々が待っているものが少し気になり、おとなしく待つことにした。
そこからものの数分で人々から歓声が上がり出した。カシャフはその流れに便乗し、何とか人そのもので作られた通路になにが通るのかを見ようとした。
その中で一際目立つ馬車が現れた。白を強調して、白い馬に白い天井がない馬車。
その中に2人の人物がおり、1人は言わずもがなここへきた目的の人物『マリア・レジナ』。
そしてもう1人はマリアと同じ白髪に青い瞳。だが、マリアと違い短髪で、白のタキシードのような服を着ている。
「おい、何だあの男は!何でマリアの隣にいるんだ!!」
「おおおお落ち着いてください!もしかしたらご姉弟かもしれません!だから、首を絞めないでくださいー!」
セバスチャンの首をつかみながら左右に揺らす。あまりの出来事にカシャフは自分を忘れてしまっていた。
マリアの隣にいる男はいわゆる爽やかイケメンというやつで手を振るたびに周りにいる女性から黄色い声が飛び交う。
そして、2人が顔を合わせて笑ったのを見て、心の中で何かが崩れる音が聞こえたのを機に足元が何処かへと俺のしれぬ方向へと誘った。
—————「旦那様。こんなところでなにをしていらっしゃるのですか?」
人混みを避け、人気の無い橋の上で1人俺はたたずんでいた。胸の痛みはさらに増し、思わず胸を鷲掴みにし、何とか抑えようとする。
「セバスチャン。すまないが1人にしてくれないか。」
「いいえ。それはできません。」
「頼む。少しでいいから。この気持ちが整理するまで。」
「いいえ、それはできない相談ですな。」
「何で何だよ!」
「マリア様がいらっしゃいますよ?」
「ばっか!お前それ先言いやがれ!!」
ばっと振り向くとなにか気まずそうに彼女がセバスチャンの横に立っていた。
「あはは...お邪魔....でした?」
「い、いやそんなことない!いま!今落ち着いた!」
「本当ですか?よかった。パレードの最中に見たような紫色の髪をした人がいらっしゃると思って見てたら急に走っていなくなるので思わずパレードをぬけて追いかけてしまいました。」
「いや、それだめでしょ。」
2人のその会話の後ろに先ほどパレードでマリアと一緒にいた男が息をきらしながらこちらへ走ってきた。
「ねぇさん!急に馬車から飛び降りて一体どうしたんだ!皆、混乱してるよ!早く戻って!」
「へ?『ねぇさん』?」
「あ、はい!そうなんです!私の『弟』の『ハリストス・レジナ』です!可愛いでしょ?」
マリアがそういうとハリストス(通称:ハリス)の上に跳ねている髪の毛を引っ張りながら言う。ハリスはそれを恥ずかしそうに手で払い退けている。
何と微笑ましい光景だろうか。しかし、何故だかどこからか痛い視線が....
「だーんなさまー?私言いましたよね?御姉弟かもしれませんと。」
「わ、悪かったよ。あ、そうだ何かひとつ買ってやろうか?」
「お金持ってないくせになにをいってるんですか。」
「なにを言うか!一応財宝(昔挑んできた奴らの遺品)は蓄えておるわ!」
その2人の様子をクスクスとマリアが笑っている。
「とても仲がよろしいのですね。微笑ましいです。」
「ははは。ご冗談を聖女様。私は一介の執事でありますゆえ。文句は言えどもそこまでは...」
「それがいいのです。言い合えると言うことは仲が良くないとあまりできないものです。あ、そうだ。ここで再開できたのも何かの縁!もしよろしければお二人のお話をお聞かせできませか?」
「ねぇさん!なにをいってるんだ。これからは聖女の名を本格的に継いで忙しくなるってのに。」
「いいじゃない。レルネー様は私の恩人なの。お願い!ハリス」
パンと手を合わせてハリスに頭を下げるマリア。それを見てハリスはしばらく頭を抱えて
「お二人はここにどのくらい滞在するのですか?」
「あー、一週間ぐらいかな。」
「そうですか...2日後の夜。この店に来てください。使いのものを送るのでその者に案内させます。」
「ありがとう!ハリス!さすが私の弟!」
「おやおや。聖女様も弟様の前では1人のお姉様ですな。堅いお話方よりも私はそちらの方がいいですな。」
「あ、そう思いますか?えーと、セバスチャン様。皆さんの前に出る時は気品が大切だと言われ、一生懸命練習してたのですが、いまでもあまり慣れてなくて。」
「でしたら、私たちの前でもいつものように話していただければよろしいかと。ね?旦那様?」
「ん、俺は別にこのまま...いて!」
2人に気づかれない速さでセバスチャンがカシャフの足を踏んだ。
(ここで話し方を普段通りにしていただくことで距離がぐぐっと縮まります。ここは私に賛成を。)
(そ、そうなのか?わかった。)
「あ、あぁ。俺もその喋り方の方が好きだ。」
「まぁ!ありがとう!では私はそろそろ戻らないと。2日後の夜にまた会いましょう!」
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