暗躍
アルバレンとエルドリアを結ぶ街道は一つに限られる。国内の交通網であるが故、他国と繋ぐ街道よりも整備されている。距離が短く、かつ国内第一の都市と第二の都市を結ぶことから、進軍には適した街道であった。
アルバレンは何度も言っているように元は王国領土でなく、帝国領である。有用性の薄さから帝国に重要視されず、奪還作戦が実行されることもなく見放された結果、多くの兵を失った歴史がある。しかし、エクドール=ソルテリィシア大公国に併合されてから、対帝国の最前線でもあることから城塞が整備され、戦いに備えられていた。国内で銀が産出され始めるとその恩恵を受け、積雪量があまり多くないことからも国内有数の豊かな土地となっている。
「ヘンリック様、私兵隊の小隊長を呼んで参りました」
ノックの後扉が開くと、コンラッドが四人の私兵隊の小隊を率いる隊長が畏った様子で入室してきた。グレスマンの他にエッカート、カイゼル、バーナードの三人が任命されている。グレスマンは俺が推薦し小隊長の地位に置いたが、後の三人はコンラッドの判断で最も優れた逸材を据えている。いずれも優秀な駒であることは自明の理だろう。
まあグレスマンは肩身が狭いのか視線を彷徨わせている。比較的堂々とした三人と対比すると滑稽にも見えてきた。
「うむ、ご苦労」
コンラッドに対する労いの言葉とともに、俺は視線を四人に向ける。コンラッドは俺の命令を忠実にこなしてくれるにも関わらず、俺の意図に必要以上踏み込んでくることはない。四人の小隊長としての教育もコンラッドに任せきりのため、コンラッドなしでは私兵隊は立ち行かないだろうと苦笑する。
「さて、諸君らを呼んだのは他でもない。王国軍が迫っているのは既に伝えたな?」
「はっ、コンラッド様より聞き及んでおります」
この中で一番武闘派の人間であるカイゼルが堂々と答えた。四人の中でエッカートは諜報部隊を率い、カイゼル、バーナードが実際に戦う部隊で、グレスマンは俺の命令を直接受けて行動する工作部隊という構成となっている。
「さて、此度の戦は非常に危険な任務となる。貴殿らにそれをこなす意思はあるか?」
「我らはヘンリック様の腕であり、足であります。如何なる困難でも命をかけて立ち向かう所存にございます。なんなりとお命じくだされ」
意外にも、寡黙な性格であるエッカートが真っ先に返答した。存在感を薄める魔法を使えるという逸材で、敵に行動を露見せず動けるのはアドバンテージになる。諜報部隊はエッカートのおかげで予想以上に上手く機能している。
聞くところによるとエッカートは俺に心酔していて、命をかけることを厭わないという。理由は影の者であった自分を見出して光を照らしてくれたからだそうだ。加えて俺が行った演説に感動を覚えたという。破格の給金が主因だろうが、あれはとんでもなく盛り上がった。あの熱気に少なからず当てられたのだろうな。
エッカートの発言に他の三人は大きく首肯して賛意を示していた。
「愚問であったな。まずは此度の戦の目標と我が腹案を貴殿らに伝えておく」
誰かが固唾を飲む。一気に空気が締まったように感じた。
「王国軍の侵攻をこれ以上許すわけにはいかない。だが城に籠もっていては一向に勝機を見出せず、冬を迎えて王国軍が退却したとしても、エルドリアを再び奪還することは非常に難しい。故に求めるは敵の戦意を根本から断ち切る勝利、即ち敵大将グラハム・ロンベルクの首を取ることだ」
俺は冷静沈着に、しかし断固たる意志を以て真摯に事を述べた。敵大将の首を取る、という言葉にコンラッドは軽く眉を吊り上げるだけだったが、他は驚嘆に目を見開いている。「非常に危険な任務」という言葉を理解したことだろう。暗に私兵隊だけで敵大将の首を取る、と言っているのだ。
「怖気付いたか?」
俺は煽るように告げる。そこに不快感を示すものはいなかったが、代わりに力強く否定の言葉が帰ってきた。
「まさか、我らが怖気付いているはずがありません。むしろ武者震いに震えて、すぐにでも出立できるくらいです」
カイゼルが不敵に口角を上げる。武闘派の人間ならば熱くなる展開かもしれないな。
「ふっ、左様か」
「それで、どのような策をお考えで」
「我らは地理的優位がある。敵を惑わすにはこれを精一杯生かさねばならぬ。そこで利用するのがセドリア川だ」
西北部に端を発し、エルドリアの南西で折れ王国の首都・ザンブルグの北西にある湖に流れ出る川ーーセドリア川の存在が戦略的に有効に使えると考えた。
「川、にございますか?」
グレスマンが前のめりの覗き込んでくる。
「ああ。今の時期、溶けた雪で川は増水している」
冬の間に積もった大量の雪が、雪解け水となって川の水位を上げるとともに、流れの速さも増している。
「なるほど。敵が川を渡るのに手こずっている隙をつくと」
やはりグレスマンは頭が切れる。俺の言いたいことを瞬時に理解したようだ。
アルバレンはセドリア川の西に孤立しており、エルドリアからアルバレンに移動する際には必ずこの川を渡河する必要がある。まずはセドリア川に架かっている橋を撤去させた。セドリア川はこの時期、冬の間に山々に積もった雪が溶け始め、川の水位を大きく上げている。国境にも策定されていることから分かる様に、非常に幅が広い川だ。流れが強ければその分足が取られる。重い甲冑を身につけていれば尚更渡るのは難しいのだ。
この川を最大限活用するとともに、既存の鉄条網と毒を加えて改良された鋭利な端材があれば敵を大きく撹乱できる筈だ。一度恐慌状態に陥れば、敵大将を討ち取る機会は格段に増える。
「これに際して、それぞれに戦での役目を命ずる。カイゼルとバーナード!」
「「はっ!!」」
潑剌な返事が部屋に響き渡る。
「五百の兵で敵を撹乱せよ。王国軍の側面を突き、混乱を拡大させるのだ。そしてエッカート!」
私兵隊の二部隊を構成する百の兵に加え、エルドリアの戦いで戦場を脱しアルバレンに辿り着くことが叶った兵の一部を手勢として預かった。流石に百人で四万の部隊を奇襲せよというのは無理がある。死ねといっているようなものだ。
「はっ」
丁寧な所作で一歩前に出てきた。瞑目し、命令を自然に待ち構えている。
「魔法を用いてカイゼルとバーナードの支援を行え。敵に如何に気づかれず、不意を付けるかが肝になる。そして敵の中からも撹乱せよ」
「はっ!」
存在魔法は敵の目を欺いて行動することができる。敵の斥候の目を掻い潜ることができるから、有能な魔法使いだと俺も信を置いている。
グレスマンには鉄条網の設置と毒端材の散布は王国軍の動きがある前に既に命じている。これはエルドリアの時の要領と一緒だ。すぐに設置は完了した。
「グレスマンはまず城下でありったけの油と木材を集めよ」
エルドリアの北の銀山からの収入は途絶えたものの、この戦いで敗れれば全てが終わりなのだ。資金は惜しまず投入するつもりでいる。
「油、でございますか?」
突飛な内容に眉を顰める。だが今は詳しく説明している暇はない。王国軍も着々と距離を詰めつつある。
「委細は後に説明する。後方部隊の二百を手足に使っても構わぬ。各自今は急ぎ準備を進めよ!良いな」
私兵隊の選考を選外となった人間を中心とする後方部隊は所謂何でも屋で、人手が足りない場合に埋め合わせとして入るような形にも使える。基本的に能力の平均値は総じて高く、一兵卒よりも有用な人材が豊富だ。今は緊急事態故まだ空想上の話に過ぎないが、将来的に私兵隊の面々と戦わせて、勝利すれば私兵隊に昇格できるという仕組みを設けたいと考えている。後方部隊の人間のモチベーションを上げる意味もあり、また高い志を持ってもらうためでもある。
「「「「はっ」」」」
四人の使命感を強く帯びた声が綺麗にハモった。王国軍との戦が始まる。圧倒的な「勝利」を掴むため、俺はどんな手でも使う。自分でも悪どい笑みを浮かべていると実感し、微かに孕みつつあった油断を滅却すべく、強く己を戒めた。
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