私兵隊
十二の月を迎え、エクドール=ソルテリィシア大公国は雪景色に覆われた。街中も道に雪が多く積もり、人々は雪かきに追われている。二階に玄関が付いているのは一階が雪で塞がってしまった時のためにあるのだと知った。
こう冬が深まると、やれることは極端に減る。それでも猛吹雪が毎晩のように舞うのは一年のうち三ヶ月程度だから、この立地でもなんとか国家を存続させてこれたのだろう。
しかし、この時期は雪が深まるだけあって、他国が攻め寄せる危険は極めて薄い。もし攻めてこようものなら、王国の指揮官は余程暗愚なのだろう。俺は15歳以上でかつ腕っ節に自信のある人間を募った。私兵隊を作るためである。
この国の軍隊は傭兵という戦のたびに国に雇われる存在が多くを占めている。銀山の労働は夏冬昼夜問わず行われるが、戦争はいつ行われるか分からない上、長年王国の庇護下に収まってきたこともあり、練度は非常に低いと言わざるを得ない。公国直属の近衛部隊は日々の訓練が高じて戦えるレベルになっているが、それも近年の王国との関係悪化で先の戦では出兵すらしていない。平和ボケの連中が多かった。そんな連中を完全に信用して戦うのはまずい。
傭兵は所詮傭兵で、賃金はそれなりに良いものの、味方が劣勢に立たされた途端に匙を投げて四散することも多い。はなから劣勢がわかっている戦で士気が高いとも思えない。公都エルドリアは郊外も含めて十万人の都市だが、公国の半数がここに住んでいる。そもそも住める土地に限りがあるのだから当然だが、アルバレンは人口3万人程で、あとは点在しているという感じだ。
ソルテリィシア大公家が自在に動かせる兵数は5千程で、あとは寄子の男爵以下がそれぞれ領地の兵を率いて集まり、徴用できるのはせいぜい5千が限界だ。合計でも1万程度だから、公国の残念な軍事力の程が知れるだろう。
国に対する忠誠などもないに等しい。公国の勢威が及ぶのはエルドリアとアルバレン近郊、そして寄子である従属貴族の支配が及ぶ範囲くらいだ。
そこで俺が自由に動かせて、かつ忠誠心を持った私兵が駒として必ず必要だと考えた。少数精鋭ならば俺の意思を反映しやすい。俺はまだ次期大公に内定した存在に過ぎず、自分の兵などは持っていない。兵を使いたい場合はまず現大公の許可を仰ぐ必要がある。無論、義父であるアレオンは俺の言う通りにしてくれるものの、頻度が多いのも問題だ。幸い金銭に困ってはいない。私兵隊を創設するのに問題はなかった。
公国だけでなく、帝国にも密かに広めている。懇意の商人に金を渡して、能力に優れた人間にこの事を言い伝えさせている。身分問わずで奴隷でも均等に扱う。身分の差で他者を攻撃する場合、然るべき処遇を言い渡すと明記した上でだ。平民でもある程度はこれでふるい落とされるだろうが、差別主義者は隊の空気を乱すだけだ。
帝国の人間は圧政を敷かれている。特にエクドール=ソルテリィシアと違って奴隷制の廃止されていない現実がある。奴隷の扱いは酷いものだ。人間扱いされる事は決してない。殴る蹴るの暴行は日常茶飯事で、強制労働を強いられる。クーデターが起きる前から酷かったが、クーデターが起きたあとは更に過激さを増し、街中で普通の光景と化していた。
だが俺の私兵隊には身分の差など些細な問題で、奴隷であろうがなんであろうが能力さえあれば召し抱える。一兵の精鋭は十の凡庸な兵に勝る。ただ、闇雲に戦闘能力だけで選ぶつもりはない。能力に自信がある者を集めたのは、様々な状況に対応するため多様な才を備えた人間を側に置いておきたいからだ。故に戦闘能力だけに限定せず、どんな能力でも構わず集めさせた。
選定を王城で行うわけにもいかないので、場所はエルドリア郊外のソルテリィシア大公家が所有する屋敷に集めた。ここは歴代大公が隠居した際に居を構えた場所らしいが、近年は死ぬまで政権を譲らない場合が殆どで、今は殆ど使われていない。ただ無駄に人件費をかけて維持しているのだけは分かった
。
「コンラッド、これは戦闘での強さだけを図るものではない。その強さも勿論だが、精神的な強さや技術力、隠密能力等戦に使える能力を吟味するのだ。良いな」
戦はただ兵士が強いだけで勝てるものではない。緻密な策謀、情報収集、敵の妨害等多岐に渡る。勿論戦闘能力に長けた人材も貴重である。漏れた場合の受け皿として違う組織を構成するつもりでいる。
「はっ、承知しました」
技術力は城門の補修や工場兵器の製作など、一般の将兵ではできないような特殊技術兵、隠密能力は斥候やスパイ活動など、敵の情報を掴んだり敵の足並みを乱したり足元から崩すために不可欠な存在だ。素破、忍者のようなものだ。
文官は屋敷の中でシャロンの独断で選ぶよう裁量を与えている。専ら指示した仕事をこなしているのはシャロンだからだ。彼女の仕事のこなし具合は尋常じゃない。俺が一やる間に三やる程に優秀な文官としても使えるのだ。
真冬ということもあるが、粗末な格好をした者が多い。それでも目はギラギラに輝き、気合い十分といった様子だ。
まずは屋敷に積もった雪をかくよう指示した。ここで脱落するような基礎体力が欠如した者は戦では役に立たない。文句を垂れるような不誠実な人間は俺の私兵隊にはいらない。もっとも、一縷の望みを見いだして雪で覆われた極寒の国に足を運ぶくらいの男達だから、そんな軟弱な人間はいないだろうが。
実際、殆どが文句も言わずに雪かきに没頭していた。兵の心を掴むために、俺も雪かきに参加することにした。戦闘に関しては俺の上をいくコンラッドの目を信用している。俺には剣だけしかない。将兵に交じることでどのような人間がいるのか知ろうとした。
「貴族様ですかい? こんな辺境に来られるとはどういう風の吹き回しで」
俺はコンラッドに進行を任せて自分は集まった男達に交じって雪かきをしていた。公族としてのよそ行きの服ではなく、動きやすい格好で平民に扮して混ざっていたが、どうやら目聡い人間は気づくらしい。
「ほう、俺が貴族だと分かるとはな。平民に扮したつもりだったが」
「へへ、お褒めに預かり光栄で。ちょいとばかし人を見る目には自信があるんでな。あとは人に取り入るのが少々得意でしてな」
不思議な魅力のある男だと思った。一見平凡なまあまあ若いおっさんにしか見えない。
「帝国の貴族は横柄で我慢ならんくてな。妻や子も連れて藁にもすがる思いで逃げて来たのよ。まあここに受け入れてもらえなけりゃ銀山で働くほかねえが、銀山も帝国よりゃマシさ。貴族様はなぜここに?」
「父に国を追われた」
「それはまた……」
男は言葉に詰まった。どう反応すればわからない、というのが現実だろう。嘘は言っていないが、別に悲観しているわけではない。
「ふっ、同情する必要などない。だが腕っ節には自信がある」
「大した自信で。お互い頑張りましょうや。もっとも俺のような人間が公族の私兵に選ばれるとは思えないのですがな」
そう軽口を叩く姿は、無邪気にも見えながら一抹の不安を孕んでいる。家族を背負っているんだ。楽観的にはいられないだろう。
「そう悲観的になる必要はない。貴様の目は確かなようだ。俺としても収穫があった」
俺はそう言い残してその場を立ち去った。男は呆然としているが、いずれ分かるだろう。
男の手は尋常じゃない鍛錬の積み重ねを物語り、人に取り入る物腰の柔らかさや人を見る確かな目がある。小隊をまとめ上げる長としては申し分ないだろう。事実、ほかの人間は見向きもしなかった俺を貴族だと看破し、いつのまにか心を許しかけていた。言うなれば人誑しだ。
俺はその後も見定めていった。上背が高く、身体つきに威圧感のある戦闘に長けた元奴隷や、隠密行動を生業とする存在感を消せる魔法使いもいた。魔法使いに関しては元々貴重な人材で、本来なら貴族に属して裕福な生活を送れるはずだが、聞く話によるとその魔法使いは貴族の元から逃げ出したらしい。正当な報酬が払われず、挙句の果てに「貴様の能力は何の役にもたたぬ!」と踏んだり蹴ったりの待遇であったらしく、何も告げず逃げ出したそうだ。魔法使いは一人で百人分の戦力になると言っても過言ではない程なのだから、手綱は引いておかなければならない。その貴族は愚かな事をしたものだ。
コンラッドは確かな目で精強な私兵隊を構成しうる人材を掘り当て、また落とされて文句を言う人間を片っ端からなぎ倒していった。
そして集まった四百人弱のうち、半数の二百人を選定して残らせた。いずれもコンラッドが認めた兵士だ。生半可な実力ではない。その中にはあの男もいる。しかし、せっかく腕に自信を持ってこのような田舎の小国に足を運んだのだ。そのまま返すのも勿体ない。一先ずは私兵隊ではなく貴重な労力として国に残ってもらうことにした。できることは多い。人手は多いに越したことはないからだ。
俺は一旦屋敷に戻って公族に相応しい格好に着替えてから、残った二百人の前に堂々と姿を現した。
「皆の者。よくぞ集まってくれた。貴殿らはこれからこのヘンリック・レトゥアールを守る騎士である。力には然るべき報酬を持って応え、功を挙げた者には更なる報酬が下るだろう」
俺は声を張り上げて面々に語りかけた。
「あれって、俺らと一緒に雪かきをしてなかったか?」
「いやそんなはずないだろう。誇りの高い貴族がそんな真似をするわけがない」
「というかヘンリック様って帝国で『暴虐の皇子』って呼ばれていた筈だ。間違っても俺らに混ざって雪かきするような方じゃない」
「じゃあ影武者ってことか?」
場は騒ついている。俺は目立とうと動いていたわけではないが、雪かきやコンラッドとも剣を交えて溶け込んでいた。でも少なからず俺の顔を覚えている人間がいた。その一部の困惑が波及していく。あの男ーーグレスマンと言うらしいーーは、先ほどよりも茫然自失と言った表情で立ち尽くしていた。
「静粛に!」
コンラッドの警告が場の空気を一気に締める。
「エクドールは今、未曾有の危機に瀕している。帝国と王国の板挟みになり、いつ攻め込まれてもおかしくない」
危機感を煽るような台詞に、固唾を飲み込む音が心なしか聞こえてくる。
「俺は知っての通り帝国から婿入りした余所者だ。しかし帝国のように平民を冷遇し、適切な報酬を与えず、民を苦しめるつもりは毛頭ない。疑心暗鬼になる者も当然いるだろう。しかしここで選ばれた者は、俺が有用だと認めた者たちだ。貴殿らにはその力に対する報酬を得る権利がある。だが私兵隊はその能力に似つかわしい、過酷な任務を常に課されることになろう。それを乗り越える精神力をも兼ね備えている、俺は貴殿らをそう見ている。任務を完遂し、公国に貢献した者には、然るべき報酬を与えよう。欲しければ地位も名誉も与えよう。その代わりに俺は貴殿らに覚悟を、命を賭けることを求める。命を以て戦い続ける気概を持つ者のみここに残れ!」
私兵隊に勤め命をかけて俺を守る義務を負う以上、死の危険に直面することは避けようがない。忠誠に対して支払う報酬というわけだ。ルドワールから回収した銀資産もあるし、新たな産業で獲得できた収入もある。大公家の正規兵という扱いになるため、身分も保証されるため、彼らにとって魅力的な条件なのは疑いようが無い。
現に俺の言葉に対し、去ろうと動くものは一人もいなかった。才覚が認められた喜びもあるだろう。公国への愛国心もあるだろう。ここから立ち去ることに恥を感じて、留まらざるを得なかった者もいるだろう。だが大半は未来に希望を見出し、強い決意を瞳に纏わせ、気合い十分といった様子で双眸をこちらに向けている。
「諸君らに問おう! 俺のために命をかけよ!」
「応ッッッ!!!!!」
「俺はこの国を脅威から守る! 我らを害そうとする者には相応の報いを与えるのだ!!」
「応ッッッ!!!!!」
「貴殿らの意気やよし。ここに公国私兵隊の創設を宣言する!」
俺は青空を高々と浮かぶ朧雲を貫く勢いで、私兵隊の創設を宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます