特産品
銀山の発見により急発展を遂げたエクドール=ソルテリィシア大公国だが、銀はいずれ枯渇する。これは揺るぎない事実である。日本でも石見銀山が鎌倉時代末期に発見されて以降、毎年大量の銀を産出してきたものの、江戸時代には産出量が減少し、枯渇の一途を辿っている。銀一辺倒の国造りは危険だということだ。
この国は豊富な積雪量を誇り、飲み水に困ることはない。ただその分食糧資源に乏しい現状がある。銀は食い物にならない。金があっても他国からの流通が断ち切られたら、国は一気に窮地に陥ってしまう。戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語るという。必要なものを事前に揃えておかなければ、戦争は勝てない。足りなくなったら買えばいいという体制では問題があるのだ。今現在国内に備蓄している食糧があまりにも少なく、これが農業が盛んでない土地の欠点となる。足りなくなれば買う、というようなその場しのぎの策では危急の際に対応が難しい。
食糧難に陥った時のために、穀物を備蓄する倉庫を備えることが先決だろう。国の要地に大量の食糧を備蓄すれば、籠城戦を行う際にも長い間戦えるようになる。寒い地域はそれだけで消費カロリーが増え、食糧はその分必要になってくる。
この義倉はただ穀物を蓄えるだけという意図ではない。本来ならば緊急時に備える分、長い間備蓄していると古いものは当然腐敗の恐れがある。一年の多くを雪に覆われる環境で腐敗の速度は極めて遅いため、大量の食糧を保管することが叶うのだ。
しかし、他国からの輸入に頼っている現状で、農業用の土地が極めて少ない中食糧自給率をあげるのは容易ではない。何十年、何百年後になるかは不明だが、いずれ枯渇する銀の代わりに他国に出せる産業を生み出す必要があるのだ。帝国や王国に対抗するための急務のものではないが、国独自の産業は経済を潤すことに繋がる。銀一辺倒から幅が広がることにもなるのだ。
とはいえ他国に流れたらすぐ盗作されるような簡易なものでは意味がない。この国ならではの特産品を産み出すべきだと考えた。そしてかつ、大量生産が見込めるもので、資源に影響を及ぼさないものである。
まず考えたのが酒だ。積雪量の多いエクドールでは水の質が良く、酒を製造するのに適している。
しかしこの国に来た日、歓待の品として酒が出されたが、お世辞にも美味しいものとは言えなかった。むしろ現代の酒を口にしていた身からすると風味も味もひどいものだ。聞くところによると、この国にはビールの原料となるホップが栽培されており、ラガーが作られているらしい。ホップは夏でも涼しい寒冷地を好み、放置していても問題なく成長する。だが生産量が少なく、これを原材料としたビールは一部地域で好まれているだけらしい。この国で飲まれているのは専らエールで、ハーブ類を原料としており、他国から安く輸入されているという。そりゃ広まらないわけだ。だがこれは立派な産業になるだろう。工場の建設や作付面積の拡大を進めさせよう。
あとは砂糖楓ーーこの国ではシュフィアンと呼ばれているーーから樹液として抽出できる蜜だろう。樹木を傷つけることで甘い水が出る木だという事実は一部の人間が知っているようだが、それを加工している記録はない。東部にあるアルデンヌの森の近くに居を構える住人が糖分摂取の目的で採取しているという情報がある程度である。
シュフィアンの樹液の九十八パーセントは水であり、残りの2%にのみシロップの成分が含まれている。これを濃縮して加工することで甘いシロップが生まれるのだ。そして樹液は一年のうち僅か十数日程度の期間しか採取できないものだ。
毎年生産されるため枯渇の心配は無い。寒暖の差が最も大きくなる冬の終わり頃に樹液を流出する。
この国の月は地球と変わらず十二ヶ月だが、一律に三十日で一年は360日である。大した差はないが、樹液が取れる季節はこのうちの二月〜三月頃ということになる。採取方法は非常に簡易で、木に穴を空けるだけで勝手に流れ出てくるものだ。この流れ出た樹液は透明で微かな甘みを含むだけで、これを加工することが必要になる。そして煮詰めて濃縮することでドロドロとした甘味の多いシロップになり、水分を飛ばすことで固形の砂糖に変身する。この世界ではまだ砂糖が高級品で、上層街の人間が好んで消費している嗜好品だ。砂糖を他国に輸出すればこの国の重要な産業になる可能性が高い。東部にはシュフィアンの木が多く生息する森があるのだ。これは他国を凌ぐ特長だろう。
俺はこの二つを特産品の軸として、事を進めさせることにした。この冬の間に準備を進めさせ、春以降から本格な生産に入ろう。当然、他国に製法を漏らさないよう厳重に情報を遮断するため人目につきにくい場所に建設させるつもりだ。
俺がなぜここまで財政にこだわるのか。それは自分より大きな敵と戦争をすることになれば、犠牲は避けられないからだ。犠牲を生めば生むほど、国内で孤児や片親世帯が生まれることになる。その手当を従軍したものに与えることで、将兵のモチベーションと家族の精神的安定をもたらす意図がある。
銀山労働者に対する社会保障に近いものだ。他国に戦争をふっかけられたとしても、実際に戦うのは国の上層部ではなく国民だ。
俺は王国との戦争は避けられないと踏んでいる。確実に起こる戦争に向けて、出来る限りの事をしなければならない。圧倒的な力の差は否めない。それでも出来ることは多い。
自分は国民を矢面に立たせて、帝国への復讐を果たすつもりなのだ。ここで立ち止まっているわけにはいかない。王国の侵攻に備える必要がある。俺は力強い眼差しで虚空を静かに睨みつけた。
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