番屋炬燵
「ふふ、やはりご主人様は子供達にも優しいのですね」
「それは貴様の幻覚だろう」
俺はこの現状を叱責するような口ぶりしか見せなかった。しかし責任を全て院長に押し付けるのも酷だろう。国の支えがなければ存続できない。俺が行おうとしているのはある意味「社会保障制度」だろう。
地球における公的扶助の起源はイギリスのエリザベス救貧法と言われている。貧民救済を目的とされており、救貧税を集めて給付する仕組みであるため、銀を元手とした資金を投じる今回の件は全く別物だと言えるがな。
「はい。厳しい口調にも慈悲の念が感じられました」
「ふん。下らぬ。城に戻るぞ」
「はい。それにしてもエクドールは寒いですね。帝国よりよっぽど」
「この程度で根をあげているようではこの先生きてはいけんぞ」
全く同意だが、先程の孤児院の子供たちが置かれている状況は過酷なものだ。ただでさえ極寒のこの国で吹きざらしの劣悪な環境下に置かれているのだ。見たところ碌な暖房設備はなく、火を焚いている様子もなかった。
この国において火は生命源だ。寒さを和らげるために必須とされ、煙突から煙が出ている光景が日常的になっている。しかしそれにはかなりの木材の確保が必要だ。恒常的に部屋を暖かく保つ手段はない。
日本の極寒の冬を乗り切る国民的な道具として炬燵がある。現代では電気によるものが主流だが、無論この国に電気という便利なものは存在しない。だが実際に火をおこして密閉空間を作ることで再現は可能である。
最も安価で長く温度を保てるのは番屋炬燵だろう。瓦のような頑丈な素材の穴の空いた入れ物に、木材を蒸し焼きにして炭化した木炭の入った丸鉢を入れることで簡単に再現することができる。当然電気も発生しなければ、多量の木を必要とするわけでもない。
本来ならば温帯より暖かい地域に生息する広葉樹がベターだが、針葉樹でも問題なく使用できる。それぞれ名称は全く異なるが、サトウカエデのようなメープルを収穫できる木々も存在するようで、専ら家屋に使われているのだという。今後の好材料を見つけたな。寒帯ならではの強みを生かすとしよう。
地べたに座る習慣のないこの国の人間には本来の炬燵は浸透しづらいだろう。だが背の低い座卓である必須性もない。日本でも伸縮、着脱が可能な脚を備えた炬燵が流通しているし、一般の家庭にも普及するための高い障壁にはならない筈だ。欧米諸国で炬燵が普及しないのはオイルヒーターが広く浸透しているからだろうが、木材を燃やして薪ストーブに頼っているこの国の人間にとっては経費削減にもなる。むしろ歓迎されると踏んでいる。
炬燵は机に布を被せて中で炭を熱することで中を高温に保つものだ。ただ適度な換気が不可欠で、誤って密室で寝るようなことがあれば一酸化炭素中毒で死に至りかねない。とはいえ薪ストーブが常識となっている国だ。換気の重要性は理解しているだろう。意外に早く商業化にこぎつけることができるかもしれない。
「コタツ……ですか?」
改めて発案した内容を紙にまとめ、シャロンに見せることにした。構造や効果、危険性などを書き記したものである。
「ああ。これからこの国は比較的寒さへの備えはできているようだが、下層街は例外だ。越冬できるか怪しい」
孤児院には速やかに出来るだけ多くの孤児を受け入れるよう要請する予定だ。越冬というが、エクドール=ソルテリィシアは一年の七割は冬だ。三割の夏も最高で二十度を上回るくらいだ。冬はマイナス二十度に迫る。越冬すれば氷点下を下回ることは少なくなる。これから一年で最も寒いと言われる季節に差し掛かる。この期間は王国も帝国も手を出してこないだろう。雪国での行軍は過酷を極める。
第二次世界大戦でのナチスドイツのソ連侵攻のように、泥濘と降雪が進軍を妨げるとともに、その寒さは時に将兵の心までをも粉々に打ち砕いてしまう。温暖な帝国や王国の将兵は戦を仕掛けるならば夏か比較的寒さの緩い季節を狙うことになる。
地盤固めをするにはうってつけの期間というわけだ。軍事的な対策も打っておく必要性はあるものの、帝国や王国と比べた時の兵数差は絶望的なものがある。正面から戦うのは愚策も愚策。地の利と堅牢な城郭を駆使して侵攻を耐え抜く他ない。幸い一年の7割が冬という気候は、長期間の籠城戦においてこちらが有利に戦える条件となる。極寒の冬を城攻め側が乗り切れるとは到底思えないからだ。
「なるほど、部屋ではなく机の中を暖めると。かしこまりました。城下で職人を募ってみましょう」
使用人という立場に置いておきながら、シャロンは俺の左手として足繁く動いてくれる。本来ならば他の人間に任せるべきなのだろうが、手駒が少ない上にまだ誰が信用できて、誰が信用できないかわからない状況だ。事は基本的に内密に進めておきたい。
シャロンについては本性の読めない部分があるが、仕事をこなす量は尋常じゃなく、予想を遥かに超えて有能だ。加えて魔法も使いこなせている。とんでもないハイスペック使用人を図らずも連れてきてしまっていたようだ。
「ああ、最初に仕上がったものは俺ではなく孤児院に回せ」
「孤児院の子供たちを第一に、と。素直じゃないですね」
「ふん、どうとでも言え。子供は労働力だ。徒に放置して冬の寒さに屈してもらうわけにはいかんからな。子供は貧弱な存在だ。まったく俺の援助がなければ生きていけないというのも考えものだがな」
国が保護できる数にも限度がある。孤児が多すぎるのも問題だが、これは新たな鉱山従事者への保険が解決してくれるはずだ。
「ふふ、承知致しました」
シャロンは意味深な笑みを浮かべ、整ったお辞儀を見せる。俺は内心は平穏そのままに、心底鬱陶しそうに溜息を吐いて、手を仰ぎ退出を促した。
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