財務長官の処遇

「へへへっ、今日も大量だな」

 

 漆黒の闇に包まれた街道に、男達の卑しい笑い声が響いていた。


「これだけありゃ十分だ。だが本当に良いのか?」

「王国に流れる金だ。多少くすねたくらいじゃ気づかねえよ」

「それもそうだな。むしろ正当な対価ってもんだ。こっちは命がけでやってるんだからな」


 二人して悪どい笑みを浮かべるが、背後から忍び寄る影に気づくことはなかった。

 声を出す刹那の隙すら与えられず、二人は意識を失う。異変に気付いた後続の人間も突然の異変に対処できず、なすすべもなく手玉に取られていった。







「さて、証拠は釣れた。おい、早急にルドワール財務長官を呼び出せ。理由は適当につけておけ」

「承知しました」


 俺はシャロンに命じ、椅子にもたれかかった。密輸に与した男達の自白に手間取ったからだ。男達はルドワール財務長官によって固く口を封じられていたらしい。卑劣なことに従わない者には妻子を自分の居城に軟禁し、精神的な脅迫の上働かせていたのだ。ただ、男達もルドワールにただ従っていたわけではなく、銀の横領で富を密かに重ねていたらしい。もっとも、俺は横領に関しては目を瞑ると口約束を交わしている。これ以上問い詰めるつもりはない。


 それに男達が銀を欲する主な目的は、下層街で苦しみ続ける家族の暮らしを良くするためだったり、鉱山での劣悪な労働環境に辟易し、金を元手にして普通の労働を行いたいというようなものだった。王国への銀の密輸は、三日に一度のペースで深夜時間帯に行われていた。白昼堂々と運び出せるほど肝は太くないようで、態々東に迂回してヴァラン王国に運び込んでいるようである。巨悪の根源はルドワール財務長官だ。奴は王城で文官として勤めている。


 日は夕刻に差し掛かろうとしていた。まずは退路を塞ぐためにアレオン配下の将に命じてルドワールの居城を差し押さえた。エクドールの領土は決して広くなく、面積は埼玉と東京を足し合わせた程度に過ぎない。故に行動は迅速だった。そして執務室のドアが粛々と開く。


「ヘンリック皇子、ご機嫌麗しゅう。お呼び立てに従い馳せ参じました」


所作は疑うに値せず、まさに公国の高官に相応しきものだ。もし証拠不十分ならば、情報はあてにならんと一笑に付していたかもしれない。鼻の下の髭を絶妙に整えており、清潔感がある。その分厚い仮面の知っている人間としては、いかにも清廉潔白ですとアピールしているように見え、滑稽にすら感じてしまう。


「ああご苦労。まずはそこにかけたまえ」


 俺はルドワールを逆撫でするように振る舞う。それでも僅かに眉が歪む程度で、前皇帝を騙し続けた手腕が窺えるポーカーフェイスぶりだ。


「それで御用向きとは何でございましょう」


「ああ。入れ!」


 俺が声を張り上げると、虚を突かれて目を見開いていた。そして俺の声に従い、入ってきたのは後手を縄で縛られた男二人だった。僅かに歯軋りが耳に届いたように感じる。顔はあえて見据えないが、内心は動揺しているのが明白だった。


「さてルドワール財務長官。この二人に心当たりはないかね」

「はて、初めて見ましたが知らない顔ですな」


 ルドワールは心底知らないといった様子で惚ける。迫真の演技だ。まじまじと覗き込んで本当に初めて見たような様子を醸している。


「まあ認めるとは思っていない。だがこちらには証拠がある。貴様が着服した大量の銀がな」

「……」


 俺が身振りで押収した銀を持ってくるように告げると、シャロンを初めとする王城の使用人が大量に運び込んだ。


「さて、ここで認めるのならば命だけは救けてやる。どうだ。自白する気はないか」


 これ以上の抵抗は極刑を免れない。言うなれば外患誘致罪に該当する。命が助かるだけマシだろう。


「帝国の愚皇子が図に乗るなよ。お前はまだ当家との婚礼を終えておらぬ。故に正式にソルテリィシア大公家に入ったわけではない。ただの帝国の皇子であるお前が他国の高官にこのような仕打ちを行うのは職権濫用ではないか?!」


 逃げられないと悟ったのか、豹変したルドワールは物凄い剣幕で捲し立てた。公国への不信感から王国との繋がりを持っていたようだ。


「ふん、くだらぬ。俺は現大公の許可を得た上で貴様を糾弾しているのだ。貴様に逃げ場はない。観念しろ」

「ふ、ふふふ、ふはははははは!甘い、甘いわ!我を殺して王国が黙っていると思うてか?」


 ルドワールは高笑いをして見下すように笑う。しかし興奮と動揺からか、自分で「自分を殺したら王国が黙っていない」と王国との繋がりを示唆する言葉を宣ってしまった。もはや逃げ道はない。


「やはり王国と繋がっていたか」

「くっ」


 ルドワールは追い詰められて勝手に自供した。しまったという表情で俯いている。


「それこそ思い上がりだ。王国が望んでいたのは貴様ではない、銀だ。大方エクドール占領後の統治でも約束されたのだろうが、そもそも王国の侵攻なぞ想定内だ。恐るるに足らん。王国も公国の背後に帝国がいる現状で、生半可な出兵は行えぬ」


 公国と帝国の繋がりを断ち切る為の暗殺は失敗した。公国と戦うことになれば、帝国が兵を出す恐れがある。たとえ公国に侵攻するとしても、十分な軍備を整えてからだ。それまでには未だ猶予がある。


「まだ我の息子が領地にいる!我を殺せば息子のレオンは黙っておらぬ!金はあるのだ。十分に戦うことはできよう。内乱は本意ではないだろう?どうだ、今回は見逃してはくれぬか。これからは大公国に尽くすと約束する!」


 自分が窮地に立たされたとあって、ルドワールは途端に焦燥を露わにしだした。確かに今内乱など起こされれば王国の思う壺だ。しかし、そうならないために先手は打った。


「ふっ、貴様の息子などとうに捕えたておるわ。今頃王城の牢にぶち込まれているだろうよ。だが安心すると良い。貴様は殺しても貴様の息子は生かしておいてやる」


 息子がいるのは当然ながら熟知している。父が捕らえられたことへの腹いせに挙兵して、内紛まがいの事態になるのは避けたい。故に先手を打っておいた。


「もはや是非もなし!ヘンリック・レトゥアールよ、覚悟せい!」


 ルドワールはもはや言葉による抵抗は無駄だと悟ったのか、懐に忍ばせていた脇差を抜いて猪突猛進に俺を捕捉しようとした。しかし生粋の文官であるルドワールが剣術において俺に敵うはずもない。足を狙ってバランスを崩壊させ、其方に気が散った瞬間に脇差を持っていた左手の手首を容易に掴み、捻り上げた。


「ぐわぁぁ!!!」


「ふん、次期大公の俺に刃を向けるなど、もはや死だけでは到底足りぬな。貴様が想像できないほどの地獄を味わわせてやろうか?」


 眉を逆立て、双眸を鋭い眼光で射抜く。ルドワールの顔はみるみるうちに青ざめていった。害意に怯んだルドワールは恐怖に身体を震わし、やがて気を失った。

 ルドワールの息子は生かしておこうと思ったが、ルドワールは俺を斬りつけようとした。立派な大罪である。あのまま認めていれば助けるつもりだったが、自ら私腹を肥やして下層街の治安悪化を招いていたと考えると、息子にまで被せるには十分すぎる罪だろう。後世に火種を残さないためにも、俺はコンラッドに命じて処刑させた。

 

 これで公国の財政を脅かす存在はいなくなった。ルドワールが懐に入れていた銀をそのまま下層街に充てれば生活状況は改善するだろう。心おきなく内政に取り掛かることができる。

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