王国の内通者

「おめえ、一体何もんだ」


 貧民街の一角で比較的安全な区域にある酒場。その個室で改めて対面していた。コンラッド、シャロン、俺の順に顔を見回して額に汗を浮かべつつ尋ねてきた。


「ヘンリック・レトゥアールだ」

「ヘンリック・レトゥアール……ってへえ?! 今度帝国から婿入りするっていう皇子か!?」


 素っ頓狂な声が響き渡る。まあ当然の反応だろう。ここ最近になって公国が帝国から婿を受け入れるという噂が立ったばかりだ。


「まあそんな事はどうでもいい。俺が貴様に聞きたいのは銀山についてだ」


 昨日快く助勢を引き受けてくれたアレオンから早速拝借した財務資料を徹夜で目を通したが、大公国で動く金の動きが明らかに不自然だった。銀の採掘量からしても明らかに国に入ってくる銀が少ない。この不自然さは人為的なもので間違いない。街を見るという名目のほかに、この銀がどこに流出しているのか探る意図があった。


「銀山ですかい?確かに俺たちは銀山で働いて日銭を稼いでるが、何を聞きたいと仰せで?」


俺が権力者に類する存在だと聞いて、下手な敬語で焦りを露わにしている。


「この国からどこかに銀が流出している。心当たりはないか?」


 銀山に勤める労働者は九割以上が下層街の人間だ。理由は鉱山労働の劣悪な環境にある。坑道で発生する有毒のガスや粉塵による気管への異常、鉱夫が狭い環境ですし詰めになりながら作業する為に二酸化炭素が充満して身体が酸欠に陥ったりするために、健康体と呼べる人間はいないに等しかった。中層街以上に住む人間は誰もやりたがらない職業なのだ。銀の行く先について知っている人間がいるとすれば、下層街に住む人間以外考えにくい。


「いやぁ、それは」


 男は露骨に視線を逸らし、狼狽した様子で頬を掻いた。図星か。


「正直に話せば悪いようにはしない。だが虚偽の情報を掴ませたりすれば、容赦なく極刑を下す。俺の立場が分かっているだろう。次期大公ならば如何様にもできる。最後通牒だ。正直に話せ」


 国に来たばかりとはいえ、立場上はこの国でトップ2の権力者に位置する。黒幕が誰かは定かではないが、俺より地位の高い人間は現状アレオン以外いない。ここで秘匿するのは賢いとは言えない。


 適当に極刑を下して牢にぶち込み、市中引き摺り回しの上城の前で晒し首にすることだってできる。一介の市民では権力に逆らうことは難しい。下層街に住む住人ならば尚更だ。無論そんな事をすれば、下層街の民の貴族や国に対する不信感を煽ることになる。なるべく避けたいのだがな。返答を待っていると、あからさまの視線を彷徨わせて、言葉に窮しているようだった。


「お、俺らは王国に銀を流すよう命じられただけなんだ。弱みを握られて従わざるを得なかったんだ」


 やはり黒幕がいたようだ。まあ独断で他国に銀を流すなど考えにくいから当然だろう。命じられた、ということは十中八九この国の貴族だろう。それも権力が強い人間だ。王国と通じているだけでエクドール=ソルテリィシアにとって危険因子だ。早々に排除する必要がある。


「勿体ぶるな。その命じた人物は誰だ」


 俺は苛立ちを露わに睨みつける。


「い、言えば見逃してくれるのか?」

「言えば貴様らが着服した銀については目を瞑ってやる」


『銀を着服した』とブラフを掛けたが、どうやら本当に王国に流す予定の銀を着服して、どこかで儲けていたらしい。男は口の端をピクピクと震わせて暗に肯定していた。


「ルドワール財務長官だ、嘘じゃないぞ」

「ほう」


 事ここに至って嘘をつけるようなら肝が太いと手放しで褒めるところだ。だが大物が釣れたな。財務長官となれば、この国の財政の全てを担っていると言っても過言ではない人物だ。


 下層街にまで金が回らないのはそういった事情からだったか。来月からは帝国へ全体の三割を供給しなくてはならないのだ。これまで通りルドワール財務長官が王国に銀を流すことになれば、公国財政は破綻してしまう。金があるといっても限度があるのだ。元々帝国から婿を受け入れるのは公国の随所から不満の声が上がっていた。ルドワールが王国に銀を流しているのも公国への抗議の意味か、はたまた王国がエクドールを平定した時に土地を与えられる密約でも交わしたか。


「言ったから俺はもう良いよな!? これ以上言えることはないぜ!」

「ああ。約束通りルドワールに与した件については不問に処そう。それともう一つ」

「今度はなんだ!」


 完全に怯えているな。いくら下層街を牛耳る権力者と言っても、大公家に属する人間には流石に腰が引けるか。本来ならこうして話をするのも許されない立場だ。それほどの身分の差がある。


「次王国に銀を流す日はいつだ。こちらとしては証拠を掴みたい。銀を押収して突き出せば流石の奴でも吐かざるを得ん」

「明後日だ。東の銀山から運ばれる予定だった」


 男は即答した。エルドリアの北にある銀山が国内では最大の規模を誇るが、東部にも銀山は存在する。北の銀山から密輸する場合、必ずエルドリアを経由する必要があるため、大きく迂回することになるものの東の銀山から越境して運び込んでいるのは妥当と言えるだろう。


「ならそれを予定通り王国に送らせろ。当事者達には決して伝えるな。ルドワールが嗅ぎつけぬよう細心の注意を払え。不用意な行動は慎め」

「わあったよ。じゃあな」


 男は返事を聞かずにそそくさと退散していった。まずはこの国の腐った政治にテコ入れが必要だな。


「良いのですか?」


 無言で控えていたシャロンが尋ねてきた。悪人に手を貸したのに、このまま野に放って良いのか?というニュアンスだ。ここで直々に処刑を行うこともできるが、そもそも「罪に問わない」条件で話をつけたのだから、貴族が民との約束を一方的に破る真似をするわけにはいかない。それに奴は下層街で一定の支持を得ている人間だ。「寛容な人間だ」という印象が与えられれば、俺としてもメリットは小さくない。


「どちらにしろもう悪さはできん。それにこの下層街など存在する意味がない。いずれ破壊するつもりだ」


 このまま放置しておけば疫病が拡大し、国中が混乱に陥る可能性がある。早いところ変革を進めなければ帝国や王国の侵攻を待たずして破滅の一途を辿ることになる。


「なるほど、下層街の住人をこれ以上このような劣悪な環境で暮らさせるわけにはいかない、と」

俺は恨めげな視線を送った。なぜそんなことを察せるんだ。俺はそんなニュアンスは一ミリたりとも含ませていないぞ。


「ふん、そんな高尚なこと、するとでも思っているのか」

「さあ、どうでしょう」

「まあ良い。城に帰るぞ」


 心の中を読まれた気分だ。否定する気も起きなかった。鬱屈した心境で、俺は王城への帰途へと着くのだった。

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