第三部 シエルクーン魔導王国の物語

第一章 冒険者養成所

第1話 高貴な身分

 ミラノ・レム・シエルクーンは10歳であった。

 シエルクーン魔導王国の少年王である。

 鬱屈とした王宮生活を送っている彼にとって、『お出かけ』をするのはとても楽しみなことであった。

 『お出かけ』とはお忍びで市中に出ることである。


 その『お出かけ』に宦官・ノリスがついてきてしまったことに少々うんざりしていたが、それでも市中に出ているときは、いつもの鬱屈とした表情がやわらいでいた。

 やはり、10歳の少年なのである。


 ミラノ・レム・シエルクーンが街を歩いていると、彼と同じくらいの年齢の少女が近寄ってきた。

 少女は、ミラノが着ている服に興味を持ったようである。


「すごい綺麗なお着物!」


 ミラノにとってはカジュアルな服のつもりであったが、粗末な服を着たこの街の少女には、カジュアルどころの代物ではないだろう。


「これこれ、近寄るな、この方は高貴な身分の方であるぞ」


 宦官・ノリスが言う。

 ミラノは「馬鹿なのか?」と思う。

 せっかくお忍びで出歩いているというのに、『高貴な身分の方』だとか言わないでもらいたい。

 とはいえ、どう見ても『高貴な身分の方』にしか見えない。

 服装だけでなく、彼の一挙手一投足が『高貴』そのものにしか見えないからだ。

 やはり当然ながら、この辺りの10歳くらいの少年少女とは異なるのだ。


 とそこへ、ボサボサの髪に腹の出た小太りの男子がやってきた。

 マルコ・デル・デソートである。


「ああ、うちの子が申し訳ございません」


 マルコは、宦官・ノリスに謝った。

 うちの子と言うが、もちろん彼の子供ではない。

 ウキグモ・ジョサ・レイクが亡くなったため、マルコはいま冒険者養成所の仕事を手伝っているのだ。


 ミラノ・レム・シエルクーンは「別に良いのだ、謝る必要はない」と言った。 

 マルコは「あ、ああ……」と薄らぼんやりとした声を出して、ミラノを見つめた。

 アラタ・アル・シエルナに少し似ていると思ったからだ。


「アラタに似ているような……」


 マルコは思わず声に出して言った。


「アラタ?」


 ミラノは聞き返したが、ここはアル・シエルナ自治領なのである。

 当然、自分を見て「アラタに似ている」と思う人間もいるかもしれない。

 異母兄弟なだけあり、確かに少しアラタ・アル・シエルナに似ているのである。

 しかし彼は、例の『貧民窟掃討作戦』を実行した張本人なのでもあるが。


「あ、いえ何でもないです。申し訳ございませんでした」


 そう言って、マルコ・デル・デソートは立ち去っていった。


「陛下、やはりこの辺りを歩くときは〔気配遮断〕をした方がよろしいかと」

「ノリス、それではつまらん。僕は普通に歩きたい」


 ミラノは言った。

 この辺りの住人は、もしかしたら国王の顔など知らぬかもしれない。

 いずれにしても、もし彼を王と知り危害を加えようとする者がいたとしても、その思惑がかなうことはそうそうないだろう。

 ミラノ・レム・シエルクーンは、魔導王国の歴代の王の中でも、とび抜けて強い魔導力を持っているからだ。

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