第30話 シエルクーンの宦官

 ダルシアの法王がシエルクーン魔導王国を非難する声明を出したことについて、シエルクーンの少年王、ミラノ・レム・シエルクーンは、特に何も思わなった。

 しいて言えば、さもありなんと思ったくらいであった。


 いや、むしろ非難してくれてありがたいとすら彼は思っていたかもしれない。

 少年王は自らの国に問題があることをよく知っていたし。かつ、彼も隣国に興味があった。『蒼き死の病』である。

 この病をシエルクーンにもたらしたのは誰か?

 ダルシア法王国の者であるかもしれない。

 特にそう断じるだけの裏付けはない。


 別に何だって良いのだと、ミラノ・レム・シエルクーンは思った。

 非難された。だから避難しかえそう。

 ミラノ少年にとって、それはごく自然な考えであった。

 子供っぽい発想であろうか?

 いや、違うであろう。非難されたなら、非難しかえすべきである。

 政治とは、戦争とはそういうものである。

 彼はそのことをよく知っていた。


 ダルシア法王国から声明が出された数日後、

 少年王は、ダルシア法王国が『蒼き死の病』をシエルクーンにもたらしたと声明を出した。

 ミラノ少年に戦争となることを避けようなんていう意思はない。


 ミラノ・レム・シエルクーンは、その小さな体には不似合いな王座と呼ばれる椅子に座っている。

 そして、その王座の横には男が立っていた。

 男はにやにやと笑っている。

 ダルシアと戦争となることを期待しているのだろう。

 ミラノは、この俗物めと思った。


「国王陛下、国王陛下、わたくしはワクワクとしてきました。

 戦争になります。戦争になるのでございますね」


 この男、名をノリスという。宦官である。


「さあ、戦争になるかならないか、僕には分からないよ」


 ミラノは面倒くさそうに答えた。


「先手必勝でございます。こちらから仕掛けましょう」

「ああ、お前は面倒な男だな。僕は面倒な人間は嫌いだよ」


 宦官・ノリスは、身を震わせた。

 ミラノ・レム・シエルクーンは、何をするか分からない少年である。

 殺そうと思えば、容赦なく相手を殺す。


「わたくしめは、わたくしめは、ミラノ国王陛下にどこまでもついてゆきとうございます」

「鬱陶しい。お前など殺す価値もない。安心しろ」


 ミラノはそう言う。

 そして、ミラノは宦官・ノリスが何を考えているのかよく分からない。とも思う。

 しかし彼がこの宦官を「殺す価値もない」と思っているのは本心である。


「それにしても、あの貧民窟に一度出向かなければならないな」

「貧民窟へでございますか。わたくしめもお供しとうございます」

「供などいらぬ」

「ミラノ国王陛下、そんな殺生なことをおっしゃらないでくださいませ。

 わたくしめは、どこまでも陛下について行きとうございます」



 翌日には、ミラノは貧民窟地区、つまりアル・シエルナ自治領へ出かけることにした。

 出かけるときには、国王だとバレないようにカジュアルな恰好をしていく。

 ミラノ・レム・シエルクーンもまた10歳の男の子である。

 この鬱屈とした王宮での生活にも飽き飽きとしていて、この『お出かけ』に少々ウキウキとしていた。


「共はいらぬと申しただろう。一人で大丈夫だ」

「そうは参りませぬ。わたくしめはどこまでもミラノ様についていくのです」


 『お出かけ』には、宦官・ノリスもついてきていた。

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