第5話 アラタ、クロノ鴉をやっつける
救護室の東向きの窓から、レースのカーテンごしに明るい光が差し込んできている。
外は良い天気のようだ。
ギロリとこっちを見ている冒険者が口を開きアラタに話しかけた。
「兄貴い! そんなに強ええんなら最初から言ってくださいよお」
冒険者はアラタを兄貴と呼んだ。
「兄貴? どう考えても冒険者さんの方がはるかに年上だと思いますし。僕、強くないですから!」
「兄貴! 嘘はいけませんぜ、あっしはこう見えてもAランク冒険者なんでさあ。このあっしを魔導でひと焼きにするなんざ、そんじょそこらの魔導士でもできねえことでやんすよ」
(兄貴とか、やんすよとか、この人、明らかにさっきと口調が変わってるんですけど......それにあなたを焼いたの僕じゃないですから!)
アラタは困った顔をした。
「と、とりあえず、僕のこと兄貴とか呼ぶのやめましょうね、お願いですから、僕まだ12歳ですし」
「兄貴! 年齢なんざ関係ないでやんす。あっしは自分より強え人は大好きなんでさあ。兄貴がイヤがっても兄貴って呼ばせて頂きまさあ」
「そ、そうですか......ところで体は大丈夫ですか?」
「へえ、あっしは回復力が高いでやすし、ここの救護係は腕がいいでやんす」
アラタがこの冒険者についてこの人はいったい何なんだろうと不可解に思っていると、どこかでリンと鈴が鳴る音が聞こえたような気がした。
リイイイン、リイイイン、リイイイン、と鳴る鈴の音。確かに鈴の音が響いている。
不意にこの室内の気温が2、3度下がったような気がした。
寒くなった? なんだろう? 確かに寒くなっている。
ドアの隙間からうっすらと赤い魔障が入り込んできていた。
あ、という間もなく部屋中が赤い魔障で満たされた。
魔障は集まり、姿を形成した。
それは......
「クロノ
それは異界の生き物である。
クロノ鴉はバサァと翼を広げ、無数の【魔法の矢】をアラタめがけて打ち込んできた。
矢が飛んでくる。それになんだかやたらスローモーションだ。とアラタは感じた。
ああ......ああ......、彼は気を失いそうになる。
気分がうつらうつらとし、ぼうっとしてきていた。
クロノ鴉が放った矢は、しかしなぜかアラタ・アル・シエルナの体をすり抜けた。
鴉は「Tik. Gig ay * Kei * nn」と奇怪な声を出した。
異界の言葉だろう。鴉が何を言ったのかはまったく分からないが、矢がすり抜けたことに戸惑った様子である。
アラタは夢遊病者のようにベッドから立ち上がり数歩あるく。
そして、【真言・斬・神聖なる剣よ】とほんの静かに囁き、
呪文を唱えた次の瞬間に、アラタの手には冷ややかな光を
気づいたときには、クロノ鴉はアラタが持つ剣にくし刺しにされ口から血を吐いていた。
鴉がくし刺しになるのに刹那ほどの時間もかかっていない。
アラタが剣をふるったことすら定かに見て取ることのできないくらいの素早い所作であった。
その魔物は赤い魔障となりやがて消えた。
そして、部屋中を満たした魔障も消えていった。
「ひ~~~」アラタは意識がはっきりとすると悲鳴を上げた。
「兄貴、兄貴もお人が悪い。兄貴が兄貴と呼ばれるのをイヤがる理由もわかりやした。大変失礼しやした。不肖このベアー・サンジ・ドルザ、これからは兄貴のことを親分と呼ばせて頂きやす」
ベアー・サンジ・ドルザと名乗る冒険者は、アラタが
「あの......冒険者さん? 何を言っているのか、よく分からないんですけど......」
アラタは朦朧とする意識の中で、自分が
「親分、あっしのことはどうぞベアーと呼んでください。なんなら熊でも熊八でもいいでやす」
「冒険者さんはベアーって名前なんですね。僕、勉強は苦手で古代言語はあんまり分からないんだけど、たしかベアーって熊って意味でしたよね.....」
「そうでやす。あっしは赤ん坊のときから毛深かったらしいのでやんす。それであっしの両親はあっしのことベアーって名付けたそうでやんす。まったくふざけた親でやんすね」
「そ、そうでしたか......」
でもアラタは親の顔も見たことがないから、ふざけた親だと言ってもそれでもちょっと羨ましいかな。とか思っていたら、ドアから本物の熊が入ってきた。
え、熊? 今日はいろいろな訪問者が来る日だ。
熊はベアー・サンジ・ドルザの顔をひとしきりなめまわすと、彼に手紙を渡し、またドアから出ていった。
「今の熊ですよね?」
「そうでやんす。あっしの忍熊でやんす」
「忍熊?」
「へぇ、忍者の熊でやんす」
ベアー・サンジ・ドルザは、忍熊から手渡された手紙を読むと「親分、申し訳ねぇ、あっしはちっと用事ができちまったようでやんす」と言った。
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