第4話 紋章の入墨

 気がつくとアラタはベッドに寝かされていた。

 ベッドから起き上がり、閉められたカーテンからそっと外を覗いてみた。

 外はもう夜であった。


 アラタは無意識に肩をさわる。

 怪鳥となったヒヨコに掴まれ血がでていたはずだが。

 痛みもなく傷跡もない。誰かに魔導による治療を受けたのだろうか。


「なんだもう起きていたのか?」


 不意に話しかけられ、アラタは少しびっくりした。

 その男が部屋に入ってきたことに気がつかなかったのだ。


「? いつの間に入ってきたんです? そしてあなた誰ですか?」

「俺はこの冒険者ギルドの長、エイジ・エル・エラルドだ」


 エイジ・エル・エラルドは、柔和な顔をした、とても身長の高い男であった。


「冒険者ギルドの長?」

「詳細はあのヒヨコから聞いた。ウキグモ様からお前の面倒を見るよう言づてを受けた」

「ウキグモ様......親方から?」


 さっさと、この養成所から出ていけ! 親方の言葉がアラタの脳裏によぎった。


「しかし、お前『恩寵』を受けていないな」

「はい。女神様がくれなかったんです......」

「女神様? ブシン・ルナ・フォウセンヒメ様か!」

「たぶんそうです。親方もたしかそんな名前を言っていましたから」

「珍しいこともあるものだ。この町の『冒険者の泉』でフォウセンヒメ様がお出ましになるとは何十年ぶりであろうか!」


 冒険者ギルドの長は女神と聞いて驚いた。


「レアなんですか?」

「レアどころではない。通常は男神がでる」


 アラタは自分のことを俺と言う女神を思い出し、男みたいじゃないかと思った。

 身体は女だったけれど。


「そしてすまぬが、お前の胸の入墨を見させてもらった」


 入墨を見られたと聞き、目が覚めたばかりでまだぼんやりとしていたアラタに緊張が走った。

 アラタの左胸には『紋章の入墨』が彫られている。

 この国の王家に伝わる『魔導の星』と呼ばれている特殊な紋様である。

 アラタは呪わしく思った。

 彼が生まれたとき、王がアラタの左胸に墨を入れたのである。

 王は庶民の女に子を産ませ、子に目印として墨を入れた。


「警戒する必要はない。俺はそのことを口外しないし、このギルドの者達も口外しない」

「口外しないって言っても、信用できません。この入墨を見られた以上、ここには居られません」

「安心しろ、俺の左胸にも同じ紋章がある」


 同じ紋章? じゃあ、この人も......?


「とにかく、お前の面倒を見るよう言われている。とりあえず、この冒険者ギルドで働くがよい。しかしお前は『恩寵』を受けていない。よって『冒険者』の仕事はできない」

「僕、働くんですか? 働くの嫌いなんですけど!」


 仕事と聞いて、アラタは急に現実に引き戻された気分になり、ぶーたれた顔をした。


「い・い・から! 働け! えー、それでだな、今日いろいろとバタバタがあって受付担当が辞めてしまったのだ。だからお前、明日から受付係な! あ、それと、この部屋はお前の部屋として自由に使っていいから!」


 そして、ギルド長、エイジ・エル・エラルドはじゃあと言って行ってしまった。

 アラタとしては同じ紋章があるという件について、とても気になるところであったが。


「明日から受付係ってどうすればいいんだろう? あれ? そういえば女神様がいない......」

「(いるが!)」


 突然、姿を現す女神様。


「いた! 隠れてたの?」

「(うむ、俺は男は嫌いなのだ)」


 女神はとぼけたようにそう言った。


「男は嫌いなの? 僕も男だよ」

「(お前は特別だ、それにまだ子供だ)」


 お前は特別だ。お前は特別だ。お前は特別だ。

 アラタの心の中で、特別という言葉が木霊こだました。

 彼は特別扱いされるのが嫌だと思った。


 アラタが何か言い返そうとしたとき「もしもし? もしもし?」という声が聞こえた。

 この部屋にもう一人誰かいるのか? アラタは辺りを見回した。

 女神の他には誰もいないと思ったら、彼の足元にスライムが一匹いた。


「もしもし? 独り言の最中、申し訳ないっス。わたし、教育係のスライムっス」

「教育係?」

「そうっス。これからこの冒険者ギルドでの生活と、受付係の仕事について説明するっス」


 教育係のスライムさんは、いろいろ説明してくれたけど今日は疲れていて頭に入ってこないや。アラタはうつらうつらとし、やがて眠ってしまった。



***



 気がつくとアラタはまたベッドに寝かされていた。

 ここはどこだろう? 見知らぬ部屋である。


 翌日、受付係の仕事を始めたら女神様が冒険者の人を黒焦げにしちゃったんだ。

 アラタは思い出していた。


「ここはどこ?」

「ここは救護室っス」


 ベッドから下を見ると、スライムがいた。


「教育係のスライムさん?」

「違うっス。僕は救護係のスライムっス。お前、昨日も血だらけで失神してたっス。僕が治療してあげたっス」

「そうだったんだ! ありがとうございます!」


 そして横を見ると、となりのベッドに黒焦げになった冒険者が、包帯ぐるぐる巻きにされて寝かされていた。そして、ギロリとこっちを見た。

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