第3話 元剣聖、ウキグモ

 アラタが冒険者養成所に戻ると、親方は斧を持っていた。

 常々、親方を恐ろしいと思っている彼である。斧を持つ親方の姿を見て、(いま、『恩寵』を貰えなかったなんて言ったら、確実にころされる!)と思ったのである。


 実際には親方は薪割りをしていただけだったのであるが。

 斧を持つ親方を見て気が動転したアラタは、斧でパカーンとやられると思い、逃げようかと考えた。

 (いや、逃げちゃダメだ! どうしよう......嘘つこうかな? いや、嘘はダメだ! どうしよう......どうしよう......)

 彼はえいと勇気を出して、本当のことを言うことにした。


「親方......実は......実は......」


 親方がこっちを見る。しかし、親方はアラタを見て持っていた斧をドサッと落としてしまったのである。


「いや、アラタ、みなまで言う必要は無い」


 そして、親方はなぜかアラタに向かって片膝をついた。いや厳密にいうと彼の後ろにいる何かに向かって片膝をついたのだ。

 アラタは何だろうと思い後ろを見ると、女神がいた。


「げっ、なんでおばさんいるの?」

「(『おばさん』ではないのだが!)」


 冒険者養成所の親方は女神を見て神妙な顔をした。


「お久しゅうございます。ブシン・ルナ・フォウセンヒメ様」

「久しいな、〈剣聖〉ウキグモ・ジョサ・レイク」

「いえ、剣聖の称号は次代に渡しました。よって今は元剣聖でございます」

「そうか、お前も歳をとったか?」

「はい。歳をとりました」


 ブシンやセンヒメというのは古代言語と言われているものだ。本来は『武神』『戦姫』と表記する。


 元剣聖であるこの冒険者養成所の親方は、アラタ・アル・シエルナのことを我が子のように思っていた。

 しかし、とうとうこの日がやって来てしまった、アラタを自分の手元から旅立たせる日が来たのだ。女神を連れたアラタを見て彼はそう理解したのである。


「アラタ・アル・シエルナ! わしがお前に教えられることはもうあるまい!」

「――?――」

「さっさと、この養成所から出ていけ!」

「――?――――」


 (親方? やっぱり怒ってる? でも出ていけって......僕、やっぱり嫌われているのかな? そう言えば親方、僕にだけなぜか厳しかったし)


 僕にだけなぜか厳しかったし。アラタは思った。


 確かにアラタ・アル・シエルナは元剣聖にとって出来の悪い弟子であったかもしれない。

 剣術の修行のときは、手がすべって剣がとんでいって親方が大切にしている壺を割ってしまったし。 

 魔導術の修行のときは、『ファイア・ストーム』で親方が飼っているヒヨコの羽根を黒焦げにしてしまったし。

 彼が何かやらかすたび、ウキグモはアラタの頭をたたいた。


 僕にだけなぜか厳しかったし。

 でも......出ていけなんて言われるとは思わなかった。アラタはそう思った。

 今だって僕のこと、たたけばいいじゃないか!......


「そういうことか! 落ちこぼれの僕を『冒険者の泉』に行かせるなんてどう考えてもおかしいと思ってたんだ! 親方は僕が『恩寵』を貰えないこと分かってて行かせたんだ! ていよく僕を追い出したかったんだ......」


 出ていけと言われ、興奮してわめくアラタを無視して、ウキグモ・ジョサ・レイクは召喚術を詠唱した。


「sr ku letter ke fur......」


 召喚されてきたのはヒヨコであった。あのときアラタが黒焦げにしたヒヨコだ。いつまでもヒヨコのままの不思議な鳥である。


 ヒヨコはアラタを見るとくちばしでやたらと彼をつついた。

 黒焦げにしたのをまだ恨んでいるのだろうか?......とアラタが思っているうちに、ヒヨコは2メートルを超える怪鳥に姿を変えた。

 そして、彼の両肩を掴むと空高く飛び上がった。


 アラタは両肩の痛みを感じた。怪鳥の爪が食い込んで血が出ていた。そして、空が高いのと、自分の血を見たことと、元々興奮していた反動とで彼は気を失ってしまった。


「アラタ.....早く行ってしまえ、そして早く俺の目に見えない場所へ行ってしまえ」


 元剣聖、ウキグモ・ジョサ・レイクはそう呟いた。本心ではない。

 小さい頃から大切に稽古をつけてきたアラタである。

 我が子も同然であるアラタである。


 ウキグモ・ジョサ・レイクは感傷的になりそうな自分の心を必死にこらえ、溢れそうになる自分の感情を振り払うようにもう一度呟いた。


「早く行ってしまえ」


 そして怪鳥は、町はずれの小さな冒険者ギルドまでアラタを運んだ。

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