「大人の作り笑い」
都会の駅で寝泊まり、援助交際を続けて早1か月。
ついに警察に声をかけられてしまった。
警察官は三十代くらいの女性だった。
「ねぇ、貴方毎日遅くまで駅にいるわよね。ちょっとお話聞かせてくれないかな?」
女性は大人特有の作り笑いを浮かべながら近づいてくる。
従うしかなかった。
逃げても無駄だということ。抵抗したほうが不利になる。
わかっていた。
連れていかれた交番は外と違って昔ながらの石油ストーブが置いてありとても暖かかった。
女性は私に温かいココアを渡すと机に向かって書類のようなものを書き始めた。
まず名前、年齢、住所を聞かれた。
私はずっとうつむいて黙っている。
言ったら家に帰されてしまう。
女性の何気ない日常会話に対しても無視を続けた。
何を質問しても無言を続ける私に対して女性の顔が険しくなっていく。
「あのさ」
女性の声が少し低くなって口調が少しだが強くなった。
顔を見なくても理解できる。
怒っているのだ。
「警察はある程度のことは調べることができるんだよ。大人しくしっかり話すか無理やりプライベートなことを調べられるかどっちがいい?」
それだけは嫌だ。
私は仕方なく自分のことを話した。
援助交際以外の今の状況に至った経緯や家のこと。
ゆっくりではあったがしっかり伝えることができた。
「そっか・・・。大変だったのね。でもね、未成年が一人で生活なんて無理よ。家に帰るのが一番なのよ。もしくは児童相談所ね・・・」
先ほどまであんなに険しい顔をしていたにも関わらず、今の女性の顔はかわいそうな子って私を見下しているような顔だ。
私はとっさに産みの母親。離婚した母親の名前を出した。
「私には母親がいます。離婚したんですけど、その人のところに行きたいんです。」
とっさの嘘だった。それでも女性は私のお願いを聞いてくれた。
産みの母親は私がいる場所から車で3時間ほどのところに住んでいた。
女性に手を引かれて車に乗せられた。
「行こうか。送って行ってあげる。」
私は女性に従って助手席に乗った。
自分の産みの母親に会いに行く。
もう十年以上会っていない母親の貌を一生懸命思い出そうとしたが、出てくるのはモザイクのかかった母親らしき人だけで顔を思い出すことはできなかった。
声を思い出そうとしても暴言や暴力や母親の泣き叫んでいる声以外は思い出せなかった・・・。
私は思い出して泣きそうになってしまい、女性にばれないように外を眺めているふりをした。
幸いにも女性はこちらを見ることはなくばれることはなかった。
その時の私には援助交際のこともお兄さんのことも考えられないくらい、母親のことで頭がいっぱいだった。
視界の端で流れていく都会の景色がいつも以上に輝いてまぶしかったのを覚えている。
私の人生(仮) 慈(ちか) @tomodatihosixi
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