第14話 あるいは君のいなかった未来を想像して

・13話の地続きです。


 どうやら、御園よりも佐藤の方が戻ってくるのが早かったらしい。


「先輩、おまたせしました」と駆け寄ってきた佐藤は、隣の遊瀬浦さんを見てすぐに御園待ちだと分かったらしい。

「御園先輩とは順調?」とからかい半分に尋ねる佐藤は、相手がクラスメイトだからか、部活で見るよりもあざとくなく、年相応に遊瀬浦さんと話をしていたように見えた。


 話の途中で「御園先輩、さっき半泣きで片付けしてたよ」と佐藤がこっそり遊瀬浦さんに伝えると、遊瀬浦さんはおかしそうに笑っていた。御園が見られなくて残念だと思う。


「遊瀬浦さん、また明日」

「またね、ウシオくん」


 そして、話が一区切りついたのか、遊瀬浦さんと佐藤がそれぞれ別れの言葉を述べた。

「塩田先輩も、また一緒にお話しましょう?」

 その場の全員を落としそうな笑顔で遊瀬浦さんが笑いかける。

 同性だけど、御園の彼女だと知っていなかったらどうにかなるかもしれないと客観的に思った。


「ああ。じゃあ、御園にもよろしく」と自分が手を挙げると、それを見た遊瀬浦さんは「ファンサ貰った!」と歓声を上げてきゃっきゃっとしていた。


 こういう時、遊瀬浦さんが言っていることが分からないと思うことがある。でも、それを加味しても尚、遊瀬浦さんが可愛いという事実は覆らない。この程度の疑問は些細なものなのだろう。

 佐藤の方も見慣れているのか、遊瀬浦さんを穏やかに見つめてから「行きましょう、先輩」と袖を軽く引いた。


 そして、自分はいつものように佐藤と帰路についた。


 しばらくすると、後輩の佐藤は普段と変わらず唐突に話を振ってきた。


「――先輩、今日は空に浮かぶ雲に『ひつじ』や『いわし』のような、一番それっぽい動物の名前を命名できたら勝ちってゲームをしませんか?」

「誰が審判をやるんだよ」


 佐藤の提案にすかさずツッコミを入れると、佐藤は「えー?」といつものあどけない笑みを浮かべて口を開いた。


「じゃあ、明日それぞれ一番いい例えを持ち寄って御園先輩にどっちがいいか聞いてみます? それなら公平ですよ」

「やめとけ、代わりに彼女の惚気を一時間くらい聞かされるぞ」

「えー、それは嫌ですね」


 同じ部活の先輩――自分にとっては同級生だが――の名前を出すと、佐藤は実年齢よりも幼く見える顔で無邪気に笑った。

 御園には引き合いに出して悪いとは思いつつも、共通の知り合いというものはわざわざ説明しなくても互いに分かるため、ついつい話題に使ってしまうなと思う。


 部活が終わり、駅までの道のりが同じ佐藤と歩く帰り道の途中に行う、特に意味のない会話の押収が、自分は好きだったはずだ。

 でも最近、何かがおかしいような気がする。

 おそらく、そう感じる理由はきっとからだった。


「――先輩は相変わらず予想外の答えを返しますね」

 満足そうに笑う佐藤の言葉で現実に戻される。

 その顔から少しだけ目を逸らし、小さく口を開いた。


「お気に召したのなら何より」

 自分の言葉に、佐藤がうーんと首を捻る。


「……先輩は昔からそんなに面白かったんですか?」


 言い方、と思ったが残念ながら意味が通じてしまったので、それを指摘することなく昔の自分に思いを馳せてみる。


「いや、昔はそうでもなかったかな」

「え、そうなんですか」と、佐藤が少し驚いた声を上げる。

「人を昔から面白人間みたいに扱うなよ……。昔はまあ、あまり喋らない人間だったから」

「そうなんですか……あまり想像できないですね……」


 一体自分をどんな人間だと思っていたのかは分からないが、佐藤の中で自分があまり喋らない人間だったというのはよほど意外だったらしい。


 あまり喋らないどころか、中学時代に至っては「クールイケメン」と呼ばれるようになったことで、幻滅させるのも悪いかなと思い、必要なこと以外喋らない寡黙キャラを貫いていた時期もあったので、そう考えると自分はかなり変わったなと思う。

 

「何かきっかけとか、あったんですか? 例えば、ある日クラスで大喜利大会があって、そこで優勝したとか」と、佐藤はなおも質問してくる。


「どうしても人を面白人間にしたいのか」


 でも、振り返ると確かに今の自分は昔と比べて明るくなったように思う。


 この間、彼女大好き男の御園にも「昔に比べて明るくなった」と言われたし、周りから見ても自分の変化も著しいものなのだろう。


 でも、それもこれも、きっと――――。



「佐藤が、いたから」



「……え?」

 隣を歩く後輩が驚いたような表情でこちらを見る。

 どうやら無意識のうちに口走ってしまっていたらしい。


 ふと、想像したのだ。

 自分がとっつきにくい昔のままでいる未来を。

 あるいは、佐藤のいなかった未来を。

 そんな未来を想像したら、少し嫌だなと思ってしまったのだ。


 その言葉に釣られるように、自分は言葉を連ねていく。


「佐藤と出会ってからだよ。ちょっとした冗談も、咄嗟のツッコミも、とっつきやすくなったらしい雰囲気も。全部、佐藤に出会って変わったんだ」


 しばらく佐藤は目を丸くしてこちらを見ていた。

 そして、へらりと、まるで照れたように笑う。


「――俺も、先輩出会ってから毎日が楽しいです」


 それを見て、とぐっと何かが込み上げた気がした。


 。最近になって、ふとした瞬間に佐藤の顔をまともに見れなくなる時があるのだ。


 この前から、何かがおかしい。きっと、あの雨の降っていたバス停の日から、何かが。



 ――――俺、塩田先輩のこと好きなんですけど。



 雨降るバス停で、佐藤に言われた言葉が頭をよぎる。


 あの時の佐藤は、いったいどんなことを考えていたのだろう。

 この間、御園に聞かれた時は「冗談の延長だったのだろう」なんて返しをしてしまったけれど、本当のところは佐藤本人にしか分からないのじゃないか。



 ――――なあ、あの時お前は何を思っていたんだ?



 でも、今はまだ聞く勇気がないからと、出かけた問いを飲み込んで駅までの帰り道を歩くことに集中していった。

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後輩佐藤と無意味な問答 そばあきな @sobaakina

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