第13話 ファンと好きの境目
自分が所属している部活では、片付けは先輩後輩関係なく平等にじゃんけんで決める風習がある。以前、自分と佐藤がじゃんけんに負けて買い出しに出かけたのも、その風習に則ったものだった。
だから、運が良ければ所属中に一回も当たらない場合もあるし、運が悪ければ連続で当たる場合もある。ただ、流石に何回も連続で当たると、その人を抜いてじゃんけんを行う救済措置があるとのことで、どれだけ悪くてもずっと当たるということはないらしい。……らしい、という曖昧な言葉が証明しているように、今のところその救済措置が取られているのを見たことがないので、実際に適用されるかは謎だった。
「うわ、マジで!? 早く部室出たかったのに……」
そしてどうやら、今日のじゃんけんの敗者の一人は御園だったらしい。
いつものように、外で待っている彼女とすぐにでも合流して一緒に帰ろうとしていたのだろう、負けた御園は明らかにへこんでいるようだった。
その様子を見て「変わろうか?」と提案しようかとも思ったが、じゃんけんで決めた以上、御園が選ばれているのは御園本人の運の問題なので、甘やかしてもしょうがないと考え直し、提案するのはやめた。
「
なおもへこむ御園に対し、気遣いのつもりで彼女の名前を口にしたが、負けたことが尾をひきずっていて聞こえていないのか、その言葉に反応を示すことなく御園は部室を出て行ってしまった。
まあ一応会ったら覚えておこうと心にとどめ、佐藤の方へと顔を向ける。
「佐藤、帰るか」
そう声をかけると、こちらを向いた佐藤が言いにくそうに口を開く。
「あの、すいません……早く言えばよかったんですけど、ちょっと今日クラスで頼まれごとをされていまして…………十分ほどで終わるとは思うのですが…………」
そう言って、佐藤が上目遣いで困ったような表情を向ける。相変わらず、相手から見た自分の角度をよく分かっているなと思った。
まあ、別に十分くらいならいいかと、佐藤に対し返答をする。
「そうか。じゃあ外で待ってるよ」
「ありがとうございます」
佐藤があざとく微笑んで部室を出て近くの階段を上っていく。おそらく自分の教室へと向かったのだろう。
その背中を見送って、自分は玄関の方へと足を進めていった。
玄関を出て、校門の前で待っておこうと歩いていると、すでにそこには先客がいた。制服に身を包んで、長い髪をポニーテールにしている少女。
ただそこにたたずんでいるだけで絵になる美少女は、壁に背中を預けて誰かを待っているようだった。
佐藤より小柄で、佐藤よりも髪の長い女子生徒に、自分は見覚えがあった。
確認のために、彼女の名前を呼んでみると、すぐに反応は返ってきた。
「遊瀬浦さん」
「あ、お久しぶりです、塩田先輩!」
こちらに向いて、パッと笑顔をこぼしたのは予想通り御園の彼女の遊瀬浦さんだった。
彼女の動きに合わせて、後ろで縛ったポニーテールが揺れる。
普段は髪を下ろした姿をしていたはずだが、どうやら今日はポニーテールにしているようだった。おそらく御園なら、遊瀬浦さんがどんな髪型をしていても「可愛い」と褒めるとは思うけれど。
一応「御園はちょっと片付けで遅れるよ」と伝えると、「知ってますよ。連絡来ましたから」と言って遊瀬浦さんがにこりと笑った。どうやら連絡は回っていたらしい。まあ、御園なら大事な彼女に話は伝えるよなと思い直し、遊瀬浦さんの姿に目を向けた。
――――久々に遊瀬浦さんの顔をちゃんと見たが、相変わらず美少女で、隣に御園が並んでも映えそうだ、と思った。
そんなことを考えていた自分を見て、遊瀬浦さんが頬を緩める。
「いつ見ても塩田先輩はクールでカッコイイですね……」
うっとり、という表現が適切なくらい、遊瀬浦さんはこちらの顔を見て何かに浸っていた。
そういえば中学の頃からこんな感じだったなこの子は、と若干の懐かしさを覚えながら「ああ、ありがとう……」と相槌を打つ。
遊瀬浦さんとは御園の彼女になる前から面識があった。
中学時代、当時あったらしい自分のファンクラブのメンバーに遊瀬浦さんがいたのだ。
遊瀬浦さんは他校生だったから、当時の印象としては土日の部活の観客としているだけに現れる子、くらいのものだったけれど。
その中でも、遊瀬浦さんは群を抜いて可愛い女の子だった。そして、群を抜いて自分のファンだった記憶があった。
だから、御園が遊瀬浦さんと付き合ったと聞いた時は驚いたものだった。
自分が出会ってきた中で最もイケメン、美少女だと思った二人が恋人同士になるというのは、改めて考えても奇妙な縁だなと思う。
「今は御園の彼女だろう、遊瀬浦さんは」
そう言うと、遊瀬浦さんは勢いよくこちらに顔を近づけた。
「そうですよ! でも、その好きとは別の話です! 私は今でも塩田先輩のことファンとして好きですから!」
――――俺、塩田先輩のこと好きなんですけど。
「…………塩田先輩、どうしたんですか。顔が赤いような気がするんですけど」
「……………あ、いや、何でもない」
ふいに、あの日のことを思い出してしまった。
あの日――雨降るバス停で、佐藤とバスを待っていた日。
――いつになく、佐藤は真剣に見えた。
冗談でも、言っていいことと悪いことがある。
でも、佐藤だってそれくらいの分別はついているはずだ。
――いくら一人で考えても分からないのに、自分は未だに、あの時の佐藤の本心を聞けていない。
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