第10話 美女
源治の一件は、情状酌量ということで警察沙汰はならず、御子柴の手の傷は自分で怪我をしたと医者に話して治療を受けることになった。
御子柴の治療が終わった後、源治は、春香への殺意はまだ残ってはいるものの、大切な人間を傷つけてしまった事の罪悪感と、昔喧嘩をして相手の肋を折ってしまって鑑別所に入る羽目になり、出所して誰も相手にしてはくれなかった後悔による虚無感に苛まれており、なんとか運転している御子柴の車の中で、普段とは違う、後悔と懺悔の味がする煙草をふかしている。
「なぁ、源治……」
御子柴は、俯いている源治に何かを話そうとしている。
「お前のした事はここだけにするが、間違っても親だけは殺してはならない。倫理観の問題だ。お前にとってみれば、自分の人生をねじ曲げられたんだが、世の中で2人だけしかいない大切な人だ。だから……」
「なぁ、先生、親父は何処にいるんだ?」
「R県にある更生施設にいる。あの2人を一緒の施設にいると悪巧みをすると司法が判断したんだ。出所してすぐにまた、薬物に手を出して再逮捕されて、それを二回繰り返していて、半ば軟禁状態で施設にいる。そうでもしないと、性格がああだから、また再犯を犯すんだ……」
「……なんか、俺の親って、どうしょうもないクズなんだな……やっぱ、遺伝しちまうのか?」
源治は、自分の体内にろくでなしの血が流れているのを忌み嫌っており、将来春香達のように犯罪者になってしまうのか心配なのである。
「いや、性格面で似る事はあるだろうが、遺伝で人格まで同じになるデータは今のところ確立はされてないし、第一お前はあの人達がした事はやらないだろう、自分がされて嫌だったから。大人になるのは人の気持ちが分かるって事だ……」
「……」
「それよりもお前、なんかニヤついてスマホをいじっていたろ? ひょっとしてこれか? ん?」
御子柴は傷ついた手で痛みを堪えながら小指を立てて、翔太と同じように下世話な表情を浮かべて源治を横目で見やる。
「いや違うし! 単なる女友達っすよ!」
「その女友達ってのが怪しいんだがなぁ……ん〜お前も隅に置けないなぁ……!」
「だから……ちっ、誰だよこんな時に……」
源治のスマホからは、美希のLINEの着信が入っている。
「はい、どうしたの?」
『ねぇ、今日来れそう? なんかね、翔ちゃんが昨日遊びに来て、ダーツで勝負したいって言ってたのよ』
美希の電話しているところは、駅の近くなのか、電車が通る音が微かに源治の耳に届いている。
「んな、勝負ったって俺はやらねーよ。苦手なんだし嫌なんだよ、勝負事は」
源治は鉄火な性格なのだが、ゲームなどの勝負事は自分が熱くなって見境がつくのが嫌になり、そこまで本気でパチスロなどは適当にやっており、ダーツはほんの気晴らし程度にしかやらないのである。
「オムライスをかけようかって。どうする?」
「うーん、ならいいか。やるよ。俺用事終わったからさ、ちょっと一息ついてからそっち行くわ」
「ねぇ、コーヒーでも飲まない? 私も暇してるんだよね。ダリーバックスでさー。新作のやつ飲みたいんだー」
「うーん、いいよ。分かった、着いたら連絡するわ、たぶん30分ぐらいで着くだろうからさ」
『オッケイ』
美希は源治にそう言うと電話を切った。
「ほぅ、やはりお前も隅に置けないんだなぁ〜」
「いや、違いますから!」
御子柴は、ふふふと笑い、駅まで車を走らせる。
****
美希が待ち合わせに指定した、駅前のダリーバックスは近隣に学校が点在する為か、自分達と同じぐらいの若者が一杯300円程の、そこまで安くなければ高くもない手頃な値段で、いい豆を使っているのかといえば二流品の豆を煎って出してくれる値段相応の味が客層の方と懐具合に合うのか、よく飲みに来るのである。
源治もこの店にはちょくちょく訪れており、休みの日、翔太と特に遊ぶ用がなく街をぶらぶらとあてもなく歩き、ジャンクフードを食べ古着屋やレコードショップ、古本屋を見て気に入った物を買った後に必ず立ち寄り、一服するのである。
(なんか今日はちょっと暖か……いや、暑い! ダウンジャケットなんざ着てくるんじゃなかった、てか、変態じゃん俺……! でも、何であんなに寒かったのが急に元の体温に戻るんだろうな……? 不思議だぜ……!)
源治はダウンジャケットを手に持ち、白のワイシャツとワインレッドのカーディガンという、いかにも春らしい格好をして美希を待っている。
駅前にいる人の群れは、何故か源治の心の中の、自分だけにしか、他の人間には決して分かるはずのない地獄の苦しみがほんの少しだけ、流れて消えていく感覚がするのである。
源治に向けて手を振る、緑の薄いMA1とスキニージンーズをはいている黒髪の女性がおり、直ぐにそれが美希だなと、裸眼視力が2.0ある源治には確認できた。
「源ちゃん!」
美希は、夜の店の従業員やクラブに出入りしている尻の軽い女とは違う、品の良い色気を出しており、周囲の視線をかっさらいながら、源治の元へと歩み寄る。
(スゲェ可愛いな、付き合いたいが、俺のような人間では無理なんだろうな……)
源治は美希と付き合いたいという、誰でも美女と出会ったら抱く当たり前の願望が芽生えるのだが、自分は覚醒剤中毒だという源治が残酷にも希望の芽を削り取る。
「? どうしたの? 行きましょうよ」
「あ、あぁ、そうだね……」
周囲にいる、親のスネをかじり勉強をろくにせず、女しか興味がない頭の悪い男達は、とびきりの美女と一緒にいる源治に、何故こんな頭の悪そうな奴と一緒にいるんだという自分のことを棚に上げて羨望と嫉妬の入り混じった視線を送る。
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