第3話

……ここは?


 今度はカトレアも消え、代わりに目に映ったものは中世ヨーロッパ風の街並みだった。ぱちぱちと瞬きを繰り返すが景色は変わらない。


 俺の立つ一本道には石畳が敷かれ、両脇に煉瓦造りの家が立ち並んでいる。

 時刻は昼だろうか。太陽の光が真上から降り注ぎ、街を照らしていた。


 右手で日差しを遮りながら、目の前にまっすぐと伸びる道を眺める。その向こうには大きな建物がそびえ立っているのが見えた。


 戸惑いながらも気が付くと、俺はどの家よりも大きいその建物に引き付けられるように歩いていた。


 まるで大聖堂のような煉瓦造りの建築物。


 入り口らしき扉は三枚ある。少し悩んでから、こういうのは王道に真ん中だよな、と中央の扉を選んでゆっくりと押す。ギイイイイイときしんだ音を響かせながら重い扉が開いた。


 驚くことに、建物の中は人であふれかえっていた。それだけではない。

 背中から翼の生えた人、手足が異様に長い人、とんがり帽子を被り手にはホウキを持つ人。

 普通の人間の中に、初めて見る容姿の人たちが混ざり合っていた。


 俺はその瞬間、疑問が確信へと変わった。


 ここは異世界だと。噂だとばかり思っていたが、世界は本当に複数存在していたのだ。そして住民の一部がこの場所に何らかの理由で集められた……


 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン


 鐘がなり、突如黒いマントを羽織った若い女性が教壇に現れる。足元の黒いハイヒールが床を蹴り上げるたびにコツコツと音を鳴らす。黒いストレートの髪の毛を頭の低い位置で一つに束ねてさらさらと揺らしながらも、細身で長身の彼女の体は糸で引っ張り上げられているのかと疑うほど、一直線に伸びていた。顔の線は細く、目尻はやや上向きに鋭く切れている。ほぼ左右非対称に整った顔はまるで作り物の様だった。


「お集まりくださった皆様、こんにちは。私の名前はライネル。この学園の指導長をしております、以後、お見知りおきを」


 冷たく、何の感情も含まれない無機質な声でライネルは淡々と話し始めた。一言たりとも私語を許さないような、物凄い威圧感。空気がひやりと凍り付く。


「あなた方が今いるのは、プレバワールドと呼ばれている世界です。今まで住んでいた世界とは異なり、新たに創造された世界ですから個人の能力等の使用は禁止されていません。存分に発揮していただいて構いませんよ。それから、あなた方には今日からここの生徒として指導を受けてもらいます。寮と明日からの授業は基本的にクラス単位ですので各自で確認を。くれぐれも集合時間には遅れないようにしてください。私からは以上です」


 授業、とは招待状に書かれていた更生プロジェクトのことか?どうして俺が、と聞くのが愚問であることは確かだ。けれど、ここにいる人たちは全員俺と同じ様な罪人なのか?俺たちを生徒と言っていたが、そもそもここは学園なのだろうか。状況が呑み込めないまま、冷徹な女性、ライネルが退場しようとするさまを黙って見つめているしかなかった。


「あのっ!質問です!」


 ハリのある明るい声が圧迫した空気を打ち破った。とんがり帽子をかぶった女の子が、勢い良く手を挙げたのだ。

 この静まり返った状況で発言するなんて、怖いもの知らずにもほどがある。それか、よほどの馬鹿なのか。飽きれ半分、何かされるのではという恐怖半分で見守る。


「よろしい。話しなさい」


「クラスはどこで確認すればいいんですか?それに、寮の場所は?集合時間も教えていただかないと……それにっ……」


「自分の胸元を確認なさい。そこに付いているワッペンの印が各々のクラスを表しています。ここを出たら同じ印の旗を掲げている人についていきなさい。寮まで案内してくれます。時間割は各部屋にすでに用意されています。わざわざ申し上げる必要もないと思っていたのですが、どうやら見込み違いだったようですね」


「す、すみません……」


 女の子は申し訳なさそうにうつむく。


「これ以上質問が無いようなら、すぐに寮へ向かってください」


 ライネルの言葉に、皆取り憑かれたように立ち上がると、ぞろぞろと外へ向かい始めた。俺も従う方が良さそうだ。

 俺のワッペンの印は、薔薇の花か。言われた通りに薔薇の印の旗を持つ人のもとへ向かうと、すでに十人ほど集まっていた。




「ねえねえ、あなたも同じクラス?」


 おさげにした薄紫色の長い髪の毛を、ふわりと揺らして女の子は尋ねた。

 頭には黒いとんがり帽子、手には木製の棒。服装は膝上くらいの丈の黒ワンピース。

 誰がどう見ても魔女だ。


 それに見覚えのある顔と声。どこかで会ったような……


「あんた、さっきの……! 質問して怒られた馬鹿!」


「覚えててくれたんだ! 馬鹿は余計だけど!」


「覚えてるも何も。あれほど目立てば誰だって覚えてると思うけど」


 俺はやれやれとあきれながら言った。


「酷いなあ、もう! ま、いっかー! それより名前教えて」


「氷見悠斗」


 俺はぶっきらぼうにそう答えた。しかしそれだけ言って黙ったのが気に食わなかったのか、彼女は俺に不満げな視線を向ける。


「……なに?」


「別に。名前、聞いてくれるの待ってたんだけどな」


 あーあ、といいながら彼女はわざとらしく、がっくりと肩を落とした。まるで俺が悪者になった気分だ。面倒くさい。


「はやくはやくー!ほらほらぁ」


 にこにこと茶化すような空気間に耐えられそうになかった。


「……っ」「名前は……?」


「え、なにー? 今、なんて言った??」


 今絶対聞こえてただろ……


「……あんたの名前、聞いてんだよ」


 わざわざ言わせるなよ……と反抗してみる。今まで人との関わりをなるべく避けてきたのだ。こういういかにもな会話をするのは久しかった。顔が少し火照った気がして、俺は思わずそっぽを向き横目で彼女を見た。


「えへへ。私の名前はリリアーネ。みんなからはリリって呼ばれてます! これからよろしくね、悠斗くん!」


 リリはそう言うと、はち切れんばかりににっこりと笑った。

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異世界更生プロジェクト 碓氷凪 @usui_nagi

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