第27話 縹の当主

棚幡たなばた祭り以来でございます。千寿堂せんじゅどう様におかれましては、随分とご無沙汰を」


「……え? あれ?」


 伊織いおり青柳あおやぎの顔と、立派な門構えを交互に眺めては困惑している。小夏こなつなど、その隣でまだ口を開いて立っていた。


あるじが待っております。どうぞ、中へ」

 手を玄関の方に向けられ、ふたりで顔を見合わせる。


(……主って、じゃあ……)


 ふと、過るのは、あの鳥打帽とりうちぼうの紳士だ。「とりあえず、行きましょうか」。伊織に促され、小夏は慌てて、足を踏み出す。


 からり、からり、と下駄の音を鳴らし、青柳の先導のままに玄関まで向かう。


 庭の東には、池を設えた大きな日本庭園があり、西には寺社のように玉砂利が枯山水を作り出していた。


「外国人のお客様が多うございますから、このような庭が喜ばれるのでございます」

 ぽちゃり、と水音が聞こえ、緋鯉ひごいが尾びれをちらり、と見せる。そんな様子を物珍し気に見ていたら、青柳がそっと声をかけてくれた。


「外国人、ですか」

 伊織が感心したように尋ねる。


はなだの家は、海運をしておりますゆえ」

 ああ、そういえばそんな話を聞きました、と伊織と青柳は会話をしているが、小夏などまだ動悸がおさまらない。


 とんでもなく場違いなところに来てしまった。


 だんだん、不安で胸がしぼみそうなのに、伊織は、というと、ちゃんと状況に適応している。


(すごいなぁ。伊織さんは。どこに行っても、堂々としてて……)


 対して、自分はどうだ。 

 初めての場所では、すぐに怯えてしまうし、話しかけられても、気の利いた事さえ返せない。同い年だというのに、なぜこうも違うのだろう、と、そっとため息を漏らした。


「さ。どうぞ」


 青柳が示す大きな玄関で草履と下駄を脱ぐ。

 そろえようとしたら、青柳がさっと手を伸ばして整えてくれた。


「あの。これ……。店の商品でお恥ずかしいのですが。お口汚しに」

 伊織が風呂敷包みごと、青柳に手渡すと、相好そうごうを崩して押し頂いた。


「絶対に、おっしゃいませんでしょうが……。旦那様は、千寿堂様の菓子が、ことのほかお好きなのです。お喜びになりましょう」

 そう言われて、伊織と小夏は顔を見合わせて、ほ、と胸をなでおろす。世辞だとしてもうれしい。


「まっすぐ、お進みください」

 言われて、よく磨き上げられた広い廊下を、伊織と並んで歩いた。一歩後ろを歩くのは、青柳だ。


 かちゃり、と。

 聞きなれない金属音が響き、扉が廊下に向かって開いた。


 姿を現したのは、外国人の男性ふたりだ。

 異国の装いをし、まったく意味の分からない会話をしながら、部屋の奥に会釈をして出て来た。


「……わー……」

 その様子に、伊織は声を漏らす。


 小夏など、逆に口をつぐんで、おもわず伊織の袂を握りしめた。外国人を初めて見た。


 伊織も背が大きい方だが、〝規格〟が違う。

 がっしりとしているし、肉も厚い。髪色や瞳、肌の色までも違うそのふたりは、通り過ぎざま、小夏や伊織に向かって微笑んで見せた。

 伊織はぎこちなく会釈を返すが、小夏は彼に隠れるように首を竦める。


「旦那様との商談が終わったのでしょう。よい時間にお越しいただきました。ささ、どうぞ」

 青柳が素早く前に出ると、さっき外国人が出て行った扉を大きく開く。


「失礼、いたします……」

 伊織は声をかけ、まずは顔だけ室内に覗き込ませた。その隣で、小夏も様子を伺う。


 外観や庭は完全にこの国のものなのに。

 室内は、異国の調度品ばかりで揃えられている。


 布張りの長椅子。猫足の洋卓テーブルに、みたことのない光沢をもつ窓かけカーテン

 壁面にとられた大きな窓には、立派な一枚ものの硝子ガラスがはめられていて、そのきらきらとした風情にさえ、小夏はあっけにとられた。


「ああ。どうぞ」

 ひじ掛けのついた椅子に座っていた男性が、するり、と立ち上がる。


「縹の当主、ゆうだ。小夏の……。叔父にあたる」

 名乗る人物は、やはりあの鳥打帽の男性だった。


「どうぞ、長椅子の方に」

 いつの間に背後にいたのか、そっと青柳に耳打ちされ、小夏は伊織に伴われて、勇の向かいの長椅子に向かう。


 足元がふわふわすると、ちらりと見ると、こちらも見慣れない敷物がある。幾何学模様を多用したそれは、いかにも異国情緒あふれるものだった。


「今日は、お時間をとっていただき、本当にありがとうございます。また、様々にお心づくしいただきまして、恐縮次第です」

 ぺこりと頭を下げる伊織に倣い、慌てて小夏も頭を下げる。


「いやいや。こちらが呼びつけたのだから」

 勇は淡々と告げ、「どうぞ、かけてくれ」と促す。


 それでは、と長椅子に並んで座るが、座った途端、座布団よりもある弾力に、思わず身体が傾いで、伊織の袖に掴った。


「す、すいません」

 小声で伊織に謝ると、「いえいえ」と笑顔で返してくれる。ちらり、と向かいの椅子に座った勇の方を見ると、無表情ではあるが、目元を緩ませたようで、真っ赤になって恥じ入った。椅子にさえ、まともに座れぬとは。


「旦那様。千寿堂様から、いただきものを」

 勇の側に足音もなく近づき、青柳が口添えする。「ああ」と頷き、無関心を装いながらもちらちらと風呂敷を伺う様子に、なんだかちょっと、親近感がわいた。


 実母と縁のある人、ということは、自分の血縁でもあるのだ。


 食の好みが似ている。

 それだけで、他人ではない気がした。


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