落語 蜜柑の大輝
紫 李鳥
落語 蜜柑の大輝
えー、
一席、お付き合いを願いますが。
ここで、小話を一つ。
すっかり秋めいてきたが、昼間はまだ暑いな?
そうざんしょ?
ったく、ただの駄洒落じゃねぇか。
ま、残暑とは関係ねぇーんですがね。
本日は三題噺と言うことで、先ほど、お客様から頂いた、電気、公園、蜜柑の3つの題目で話を作るわけですが、これがまた、難しい。
何てったって難しいのは、3つのお題を織り込んだ帳尻合わせだ。その上、最後はオチ必須ときてやがる。
ま、即興でやってみるが、滞りなくオチまで行けるかどうかは、聴いてみてのお楽しみってわけだ。
えー、独身の男の話でして。
フリーターの
自分にどんな仕事が合うのか分からず、取り合えずバイトをしながら、気ままに生きていた。
好きな時間に起きて、眠くなったら寝る。
ろくすっぽ働かないもんだから、大した収入もない。
挙げ句の果てにゃ、電気もガスも止められちまって、その上、家賃も払えない始末だ。
バイトしたくても、派遣会社からの連絡手段のスマホも、料金未払いで使えねぇ。
大家が家賃の催促に来るかも知れねぇと思うと、ハラハラドキドキで部屋にもいられねぇ。
さて、どうすっかと、思案橋。公園のベンチでうなだれてるってぇと、
「おじちゃん、あげる」
女の子が笑顔でミカンを差し出した。
「えっ?」
びっくりした大輝は、女の子を見た。
「あげる。皮むいてあげるね」
女の子はそう言って、ちっちゃな手で皮を剥き出した。
「……ありがとう」
大輝は剥いてくれたミカンを受け取ると、一口食べた。すると、突然、涙が出た。
「おじちゃん、泣いてるの? すっぱかった?」
女の子が心配そうに訊いた。
「いや。……うれしくて」
見ず知らずの女の子の優しさに涙が溢れた。
大輝の涙がミカンに落ちた。
この時、大輝は思った。
女の子の優しさを無駄にしてはいけない、と。
「よし、明日から仕事探すぞ!」
大輝は、声を上げた。
「おじちゃん、仕事さがしてるの?」
横に座った女の子が訊いた。
「うん。きみの優しさで、働く気力が湧いた」
「じゃ、うちの店ではたらく?」
「えっ! 何屋さん?」
「やおやさん」
「八百屋?」
「うん。おじいちゃんが病気になって、お母ちゃんがひとりでやってるの。なんか大変そう」
「そうか……。でも、俺、八百屋で働いたことないし」
「簡単だよ。お客さんが買った野菜を袋に入れるだけ。わたしにもできるもん」
「けど、お母さんがオッケーしてくれるかどうか」
「おじちゃん、髪が少しボサボサだけど、イケメンだから大丈夫だよ」
「大丈夫かな……」
「“アンズよりウメが安し(案ずるより産むが易し)”。ほら、面接に行こ」
女の子はそう言って、手を伸ばした。
「……ああ」
大輝は腰を上げると、運を女の子に任せることにした。
八百屋に着くなり、女の子の母親は大輝を気に入り、トントン拍子に事が運んだ。
翌日から店に出ると、ねじり鉢巻をした大輝はヤル気満々だ。
「ヘイ、いらっしゃい! 甘くて美味しいミカンだよ。一口食べれば、ジューシーな味わいが口いっぱいに広がり、恋する乙女の気分にしてくれるよ。皮がないミカンがないように、乾かない涙もない。初恋の味と乙女の涙は付き物だ。ヘイ、いらっしゃい! 買ってらっしゃい!」
何だかわけの分からない事を言ってるが、これが主婦やおばあちゃんに大ウケで、店は大繁盛だ。
もしかして、この仕事が大輝の天職だったのかもしれねぇな。
これがホントの
■■■■■幕■■■■■
落語 蜜柑の大輝 紫 李鳥 @shiritori
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