落語 蜜柑の大輝

紫 李鳥

落語 蜜柑の大輝

 


 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。


 一席、お付き合いを願いますが。


 ここで、小話を一つ。


 すっかり秋めいてきたが、昼間はまだ暑いな?


 そうざんしょ?


 ったく、ただの駄洒落じゃねぇか。


 ま、残暑とは関係ねぇーんですがね。


 本日は三題噺と言うことで、先ほど、お客様から頂いた、電気、公園、蜜柑の3つの題目で話を作るわけですが、これがまた、難しい。


 何てったって難しいのは、3つのお題を織り込んだ帳尻合わせだ。その上、最後はオチ必須ときてやがる。


 ま、即興でやってみるが、滞りなくオチまで行けるかどうかは、聴いてみてのお楽しみってわけだ。




 えー、独身の男の話でして。


 フリーターの大輝たいきは、三十過ぎてるってぇのに定職にも就かず、ボロっちいアパートで独り暮らしだ。


 自分にどんな仕事が合うのか分からず、取り合えずバイトをしながら、気ままに生きていた。


 好きな時間に起きて、眠くなったら寝る。


 ろくすっぽ働かないもんだから、大した収入もない。


 挙げ句の果てにゃ、電気もガスも止められちまって、その上、家賃も払えない始末だ。


 バイトしたくても、派遣会社からの連絡手段のスマホも、料金未払いで使えねぇ。


 大家が家賃の催促に来るかも知れねぇと思うと、ハラハラドキドキで部屋にもいられねぇ。


 さて、どうすっかと、思案橋。公園のベンチでうなだれてるってぇと、


「おじちゃん、あげる」


 女の子が笑顔でミカンを差し出した。


「えっ?」


 びっくりした大輝は、女の子を見た。


「あげる。皮むいてあげるね」


 女の子はそう言って、ちっちゃな手で皮を剥き出した。


「……ありがとう」


 大輝は剥いてくれたミカンを受け取ると、一口食べた。すると、突然、涙が出た。


「おじちゃん、泣いてるの? すっぱかった?」


 女の子が心配そうに訊いた。


「いや。……うれしくて」


 見ず知らずの女の子の優しさに涙が溢れた。


 大輝の涙がミカンに落ちた。


 この時、大輝は思った。


 女の子の優しさを無駄にしてはいけない、と。


「よし、明日から仕事探すぞ!」


 大輝は、声を上げた。


「おじちゃん、仕事さがしてるの?」


 横に座った女の子が訊いた。


「うん。きみの優しさで、働く気力が湧いた」


「じゃ、うちの店ではたらく?」


「えっ! 何屋さん?」


「やおやさん」


「八百屋?」


「うん。おじいちゃんが病気になって、お母ちゃんがひとりでやってるの。なんか大変そう」


「そうか……。でも、俺、八百屋で働いたことないし」


「簡単だよ。お客さんが買った野菜を袋に入れるだけ。わたしにもできるもん」


「けど、お母さんがオッケーしてくれるかどうか」


「おじちゃん、髪が少しボサボサだけど、イケメンだから大丈夫だよ」


「大丈夫かな……」


「“アンズよりウメが安し(案ずるより産むが易し)”。ほら、面接に行こ」


 女の子はそう言って、手を伸ばした。


「……ああ」


 大輝は腰を上げると、運を女の子に任せることにした。


 

 八百屋に着くなり、女の子の母親は大輝を気に入り、トントン拍子に事が運んだ。


 翌日から店に出ると、ねじり鉢巻をした大輝はヤル気満々だ。


「ヘイ、いらっしゃい! 甘くて美味しいミカンだよ。一口食べれば、ジューシーな味わいが口いっぱいに広がり、恋する乙女の気分にしてくれるよ。皮がないミカンがないように、乾かない涙もない。初恋の味と乙女の涙は付き物だ。ヘイ、いらっしゃい! 買ってらっしゃい!」


 何だかわけの分からない事を言ってるが、これが主婦やおばあちゃんに大ウケで、店は大繁盛だ。


 もしかして、この仕事が大輝の天職だったのかもしれねぇな。



 これがホントの未完みかん大器たいきだ。




■■■■■幕■■■■■

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