第2話 お母様が私を殺しました……②



  旅行鞄と共に駅を抜けると、寝不足な目には照り付ける太陽の光が眩しかった。

 ポケットから取り出した愛用の懐中時計は、指定された時刻より僅かに早い数字を印している。


 小さなベンチを見つけて腰を掛けると、荷物の中から数枚の書類を取り出した。

 一枚目の用紙にははっきりと今日から教え子になる少女の名前が書き込まれていた。


 エミリア・コールフィールド。


 今年の冬で九歳になるという彼女は、一度も学校に通った経験はない。

 よほどワガママな少女なのか、僕の前にも何人か家庭教師が解雇されているようだ。

 解雇された家庭教師には錬金術師はもちろん音楽家や芸術家もいたようだが……そんなに気難しい少女なのだろうか。

 次々家庭教師を追い出すような少女のもとで二種間も過ごせるだろうか。


 ……不安と重圧で、胃が痛くなってきた。


 でもここからとんぼ返りして首都に戻っても、お金は入ってこないし、持ち前の胃痛が改善されるわけでもない。

 お嬢様に気に入られなければ二週間分のお給料予定が白紙になってしまう。

 ただでさえスケジュール帳にメモした給料の金額にニヤニヤしながらここ数日過ごしていたというのに!

 それだけが心の支えだったと言ってもいい。

 しかし、いざ来てしまうと気が重い。

 金額分の重みが胃に圧し掛かる。

 愛飲している胃薬を口へ放り込み、水を煽った。

 勢いそのまま、深く息を吐きだす。


「これもすべて新しい白衣のため……新しいフラスコのため……新しいビーカーのため……新しい――――」

「リオン・マルサスせんせいですか?」

「はひぃ!」


 びくっと肩を震わせ、僕は反射的に顔をあげた。

 瞬間、目の前にいた少女と視線が交錯する。

 宝石をそのまま埋め込んだような深いシアンブルーの瞳が僕を見つめていた。

 ボンネットに包まれたブロンドの長い髪は、目を瞠るほど輝かしい。

 あまり日焼けしていない肌は雪のように白いものの、頬は子供らしい薄ピンクに染まっている。

 ローズ柄で彩られたふんわりとした薄桃色のドレスを着こみ、腕の中には少女と瓜二つのビスクドールが色違いの服を着て抱えられていた。


 さあぁ、と風が吹くと、少女の金髪が優雅に舞う。


「……せんせい?」

「え、あ、はい! あ、あの……」


 心を奪われて、すぐに次の言葉が出てこなかった。

 正面に立っていた少女は無表情のままちょん、とスカートを摘まんで頭を下げる。

 たっぷりとしたフリルとリボンが揺れる。



「エミリア・コールフィールドです。今日からよろしくおねがいします、せんせい」


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残酷童謡集 Mr.マザーグースと血と肉と。 兎庵あお @tanumofu24

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