残酷童謡集 Mr.マザーグースと血と肉と。

兎庵あお

第1話 お母様が私を殺しました……①



 お母様が 私を殺しました。

 お父様が 私を食べました。

 妹は テーブルの下にいて

 私の骨を拾って 床下に埋めました。


     マザーグースより

        『お母様が私を殺した』





 英国から南下し、海を挟んでフランスにも程近い場所に《サントワート王国》という島国がある。

  国土としてはさほど大きくはない国だが、この国には他国にはない特徴があった。

 サントワート王国は、世界で唯一、魔術と錬金術を正式な学問として認め、支援している。

「科学とは、人間が造り出したルールであり、世界の真理ではない」

  とは、現国王様のお言葉である。


 サントワート王国の首都であるロベージ・ベジーから、座り心地の悪い椅子に揺られてほぼ半日。

 一番安い席を確保したのだが、思いのほか揺れが強くてうたた寝すらできなかった。

 そろそろ尻が痛くなってきたころ、ようやく目指す村タジティースの駅に到着して、僕は長く深いため息をつく。


 首都近くの街で育った僕にとってタジティースは初めて訪れる地だ。

 ここまで来る列車の窓から眺める風景も実に美しくて、これから過ごす数日間が楽しみだと――途中までは、思っていた。


 景色に見惚れて忘れかけていたが、僕の目的は観光ではない。

 錬金術学と魔術学の名門、王立ゲヴァルート学院に通う僕は、ぶっちゃけビンボー学生だ。

 兄が三人、姉が二人という兄姉に恵まれた環境において、何不自由なく育ててくれた両親は断じてなにも悪くない。

 特別貧しいでもないし、もちろん貴族ほどの裕福な暮らしはしていないが、存分に愛情の注がれた僕ら兄弟が喧嘩などするはずもなく、だからこそ僕が『王立ゲヴァルート学院に入りたい』などというワガママを言っても、家族は誰一人反対しなかった。むしろ喜んで送り出してくれたくらいだ。


 だが世の中は甘くない。


 錬金術師や魔術師といえば、金も時間も自由に扱う、誰もが羨む成功者――……そんなイメージが根付いているのだが、実際はそんな錬金術師や魔術師は一握りだ。

 最高の錬金術師に与えられる《達人アデプト》の称号と、全ての魔術師の頂点に立つ《大魔術師グレートウィザード》の称号を手にするまでの道のりは、長く険しく厳しい。

 現在その二つの称号を持つのは国王ただ一人だが、当然トップクラスの錬金術師や魔術師を目指すなら、勉学に励む必要がある。

 複雑難解な暗号解読から、古代語の読解、音楽による調和や星の廻りなど、学ぶことは山ほどあるのだ。


  しかし。

 ただ学ぶだけであれば努力次第でどうにでもなったかもしれないが、錬金術にも魔術にも莫大なお金がかかる。

 実験器具から魔術書、薬品や呪物の補充、学費の支払い、学院の寮生活にかかる費用、その他もろもろエトセトラ……。

 眠る前に必ず目を通している実験器具のカタログが頭を過る。

 ゼロの桁が恐ろしい。

 両親にも金銭的な心配や迷惑を掛けたくない。

 けれど、自らの選んだ学問の道を突き進みたい。

 かくしてリオン・マルサスというビンボーな錬金術部の学生は、王国一――いや、世界一の設備と頭脳を誇る学院で二度目の夏の休暇を迎えた。


 ……それで。

 なぜ僕がタジティースという、首都から離れた小さな村に向かっているのかというと、アルバイト先がその村にあるからである。

 それも住み込みで、約二週間。

 一日当たりのお給料がいいのもあるし、食事代はもちろん、シャワー代や電気代ガス代なんかも浮くことになる。

 こんなおいしいアルバイトは他にないだろう。


 金に釣られて食いついた職業内容は、コールフィールド伯爵家のお嬢様の家庭教師。

 誰かにモノを教えたことなんてなかったし、ダメもとで当たって砕けてもいいやと申し込んだところ『ゲヴァルート学院の学生さんならぜひお願いします』と二つ返事で採用してもらえたのだ。


 我ながら、珍しく運がよかった。

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