アバターもえくぼ

西順

第1話 新しい自分

 僕は『New Life World』と言うVRMMORPGをやっている。よくあるファンタジー物だ。


 システム自体は今までのRPGを踏襲したものだが、そのキャッチコピーに惹かれて始めた。


『新しい自分に生まれ変わろう』


 今思い返せば陳腐なキャッチコピーだが、それを目にした時の僕は、そのキャッチコピーに目を奪われた。


 僕は物心付いた時から容姿にコンプレックスがあった。


 目は離れ小さく、眉はゲジゲジ、鼻は団子みたいで口はたらこ唇。そして一番気に入らないのがそばかすだ。


 頬に点々がいくつも出来るアレ。女性ならば化粧で隠しようもあろうが、男の僕では化粧をする方が不自然だ。


 両親は「大人になれば消えるよ」と言っていたが、年齢とともに濃くなっていくそばかすは、女子の目を気にする思春期真っ只中の自分にはキツイものがあった。


 それでなくても不細工なのに、そばかすが更にそれに拍車を掛けている気がして、中学に入学してから高校の時分まで、女子はおろか男子と話した事も数える程だった。


 だから『NLW』のキャッチコピーに惹かれてこのゲームを始めた。


 始めたのだが、このゲーム、自身がプレイするアバターの容姿が選べないのだ。


 どう言う事かと言えば、アバターの容姿はランダムで設定されるのだ。


 もちろんリセマラをした。


 気に入る容姿のアバターが出てくるまで、リセット再スタートを繰り返し、繰り返し、繰り返し、…………繰り返したと言うのに、出てきたアバターは不細工、不細工、不細工、不細工ばかり。呪われているんじゃないかと真剣に考えてしまった程だ。


 もうこのゲームで遊ぶのは止めようと考えたが、VRゲームは安くない買い物だ。一度も遊ばずに部屋のオブジェにするのは気が引けた。


 では最低限どういったアバターなら、このゲームをプレイしても構わないのか。


 もちろんそばかすが無い事だ。容姿の不細工さにはこの十数年で耐性が付いている。気に入らないのはそばかすだ。


 そして僕が次に引き当てたのは、そばかすの無いアバターだった。僕は迷わずそのアバターに決定した。



 ゲームを始めると同時に、僕は他のプレイヤーたちに追い掛け回される事になった。


 その美しい容姿から、女性プレイヤーからキャーキャー言われて追い掛け回されるのならばどれだけ嬉しい事だったか。残念ながらそうはならなかった。


 僕がなったアバターはオークと言う種族だった。


 指輪物語のトールキンの頃より、醜く汚ならしいと形容されるオークである。ファンタジーでは定番の種族だ。


 そしてゲームでは敵種族としても定番である。


 そう、僕は何故か敵種族として『NLW』の世界に降り立ち、今こうして狩られる立場として追い掛け回されているのだ。


「どこ行ったあのオーク?」


「分からん。ここか?」


 始まりの街から何とか逃げ回り、近くの森まで逃げてきたが、草の根分けてまで捜し回らなくても、敵モンスターは他にいくらでもいるだろ?


「ここか?」


 と、そんな事を考えている内に草むらを掻き分けられ、僕は居場所を見付けられてしまった。


「ブヒ」


「何だ豚か」


 だがプレイヤーが見付けたのは、四足の豚であった。


 ふふ、何を隠そうこの豚、僕が変身した姿である。オークの固有スキルに『変身』と言うものがあり、これを使うとあら不思議。豚に変身出来てしまったのだ。


 いや、いくら近年豚の様な容姿として描かれるオークだからって、本当に豚にならなくても良くないか?


 だがこれで逃げ延びれる。と思ったのだが、


「美味そうな豚だな」


 …………豚に変身しても結局追い掛け回されるのかよ! だが流石は四足。二足の頃より機動力は二倍になっていた。



 余裕綽々で逃げ切り、豚のまま森を歩いていると、「見付けたぞ!」と大声が聴こえ、僕はビクッとして直ぐに草むらに逃げ込んだ。


 しかしいくら経っても攻撃が仕掛けられる様子がない。


 僕が怯えながら草むらから顔を出すと、誰かが大きな樹の前まで追い詰められていた。


 何だ、僕じゃないのか。と僕はその場を静かに逃げようとしたのだが、何だかその光景に惹き付けられて動く事が出来なかった。


 冒険者と言った風体の男女六人によって樹に追い詰められていたのは、見るからに華奢な美少女だった。


 白髪に赤い瞳はアルビノの特徴だが、それより目を惹いたのは、その額から生えている二本の白角だ。透明に近い白で、陽光で輝いている。


 角がある事から、どうやら少女は人間族ではないようだ。


「へっへっへっ。情報屋の話は本当だったみたいだな。森に極稀にアルビノのオーガが現れるってのは」


 オーガなのか。…………片や美少女で片や豚。同じ敵種族なのに、この差は何だ? そう思いながらも事態から目を離せずにいた。


「おい、角は傷付けるなよ」


「分かってる。オーガの角は高値で売れるからな。それもアルビノ。いくらで売れるかと思うと、今から笑いが止まらないぜ」


 捕らぬ狸の皮算用で笑いだす冒険者たち。下衆いな。何だか人間の裏側を見た気がする。少女は怯え、目に涙を浮かべていた。


 何故だろう。その時僕は自然と身体が動いていた。


 今にも冒険者に狩られようとしていた少女を助ける為、僕は草むらから飛び出していた。


「あん? 何だ?」


「豚!?」


 駆け出しの初心者の僕に出来る事なんて、冒険者の足元で駆け回り、その意識をこちらに引き付けるぐらいだ。


 僕が引き付けている内に逃げてくれ! そう思いながら駆け回っていたが、オーガの少女は腰を抜かしているのか逃げてくれない。


 それなら! と僕は豚の身ながら少女を鼻で持ち上げると、僕の背に乗せてその場から走り出した。


「こいつ!」


「待ちやがれ!」


 少女を背負っている分遅くなったが、四足はやはり速い。僕と少女は命からがら冒険者たちから逃げ出す事に成功した。



 ここまでくれば大丈夫だろうと、湖畔で少女を背から降ろした。


 大きくルビーの様な双眸で少女が僕を見詰めている。ここまで女の子にマジマジと見詰められたのは初めてかも知れない。そして少女が僕に何か声を掛けようとした所で、僕の変身が解けてしまった。


「……!?」


 豚が醜い男に変わったのだ。少女は丸い眼を更に丸くして悲鳴を上げそうになりながらも、口に手を当てそれを必死に堪える。


「はは、やっぱり気持ち悪いよね? ごめんね」


 最後に少女を怖がらせてしまった事を謝罪し、僕がその場から立ち去ろうとするのを、少女が服の袖を掴んで止める。


「ごめんなさい。謝るのは私の方だわ。貴方は私を助けてくれたのに」


 僕は彼女の方を振り向かずに応える。


「気にしなくていいよ。醜い自覚はあるから」


「いいえ、貴方は格好いいわ!」


 少女にそう言われ、その初めての言葉が僕に突き刺さり、少女を振り返ると、彼女の真っ直ぐな赤い双眸が僕を見詰めていた。


 その瞳があまりにも真っ直ぐ過ぎて、僕は直ぐに彼女から目を反らしてしまう。


「貴方は格好いいわ」


 彼女はもう一度そう言ってくれた。


「…………ありがとう」


 そう返事をするので僕は精一杯で、気恥ずかしくて、その場から逃げたしたくて、袖を握っていた彼女の手を優しく外すと、チラリと彼女を見てから、やっぱりその真っ直ぐな瞳に耐えきれなくて、彼女から逃げるようにその場を後にしようとする。


「また会える?」


 僕の背に彼女の声が語り掛ける。


「また会いたい。ここで」


 その言葉がとてもむず痒くて、でも嬉しくて、でも今振り返ると、また彼女の真っ直ぐな赤い瞳が僕を見ているかと思うと気恥ずかしくて、僕は一度頷いて走り出していた。


 彼女はプレイヤーだったのだろうか? それともNPCだったのだろうか? それは分からないけど、どっちでもいい。女の子に初めてあんな言葉を言われたのだ。


 嬉しい嬉しい嬉しい!


 僕はそれだけでもう一度、いや、何度でもこの『NLW』をプレイするだろう。


 これが僕の生き方が変わり始めた、そのきっかけ、その出会い、その始まりだった。

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