第4話

▼成田山新勝寺 門前


【前のお話で、棟梁から成田山新勝寺での大工仕事を新たに斡旋された八五郎。不慮の火事であわや仕事を無くすかと思われたところ、新天地での大工仕事にありつけたことは不幸中の幸いといったところ。棟梁に言われたあと、善は急げというようにその日のうちに旅支度を整え、あくる朝まだきには出立いたしました。そして今時分、ちょうど大工仲間とともに成田山新勝寺の門前へとたどり着きました。宿よりも先に仕事現場を、ということで何とも殊勝な心がけでしょうか】


大工仲間 <おう、着いた着いた。やれやれ、遠かった。お、見ろやい、なんとも大きな楼門だ>

八五郎  <本当だ。いや、立派な。なんて言うんだっけ?ほら、なんとも大きな建物のことを>

大工仲間 <なんだい、そりゃ?>

八五郎  <建てる仕事をしてんのに出てこねえ。悔しいな。あれだ、あれ>

行人   <大廈高楼>

八五郎  <そう、それだ。タイカコウオ、タイカコウオ>

大工仲間 <知らねえ。まあ、なんだ、いずれにせよ良かったぜ。明日からここで一仕事だ>

八五郎  <そうだな。棟梁には感謝だ>

大工仲間 <おう。感謝じゃ足りねえ、棟梁には柏手だ>

八五郎  <ははは。あの楼門の仁王様たぁ、棟梁にそっくりだ。いや、ありがたや、ありがたや>

大工仲間 <はは、ほめ過ぎだ>

八五郎  <それもそうだな。さてと、どうするか?明日に備えて宿か?一杯ひっかけるか?>

大工仲間 <いいねえ>


【そんなことを言ってふざけてるうちに、ここまでの騒動ですっかりなりを潜めていた八五郎のなかの旅心が、ふつふつとわき上がって参りました。思えば今日のこの天気も、矢切の渡しで托鉢坊主と話した時、庄屋の玄関先で世間話をした時と同じく、突き抜けるような快晴の空の下であります】


大工仲間 <ほら、そこの暖簾なんてどうだ?>

八五郎  <ううん、まぁ、遥々ここまで来たんだ。着いてすぐ酔っ払っちまうのも無粋じゃねえかい?>

大工仲間 <なんだよ?おめえから言い出したのに>

八五郎  <わりいな。気まぐれなのがこの俺ってとこだろ?>

大工仲間 <うるせえや。で、どうすんだよ?飲まねえなら俺は一足先に宿へいっとくぜ>

八五郎  <ああ、行けよ。俺は明日から仕事ずくめになる前に、せっかくの成田詣でだ、境内をブラブラしてくることにすらあ>

大工仲間 <そうかい、じゃあな>

八五郎  <ああ、明日から存分にやってやろうじゃねえか>


【そういって仲間と別れた八五郎、ひとりで楼門をくぐって寺の境内に入ってゆきます】


八五郎  <これが坊主の行ってた大寺か。庄屋も良いと言っていたもんなぁ。お、これはまたひとたび門を入ると、なんとも背の高い塔だ。お、向こうは仏殿か。日の光に甍がまぶしいねえ。さて、あれはどこかな?あれだ、あれ・・・あれ?ここの本尊・・・。帝釈天、じゃなくて、それは柴又の俺の近所だ。あれ?ここの本尊、本尊、思い出せねえ。おい、そこゆくおやじ、ここの本尊は何だっけ?梵天だっけか?おい>


【見知らぬ男に急に話しかけられた道ゆくおやじさん、びっくりしてすぐには言葉にできません。言葉にならず口を動かしながら、指差す先には、「不動」の文字のある大きなのぼり。ところが、八五郎の目に入ったものも同じのぼり、同じ文字かと思えば、そうではございませんで。八五郎が見た先には「吉祥」の文字が風にたなびいておりました】


八五郎  <ああ、そう、そう。吉祥天。思い出した。托鉢坊主も庄屋も、火焔のごとく邪を焼き尽くす、あの怒髪天を衝く吉祥天を拝むべきと言ってたな。よし、どこへ行けば拝めるかな。お、ちょうどいいところに小僧が。おい、小僧>


【ここで修業中の小僧さんでしょうか、そばを通りがかる小僧さんに八五郎はぞんざいに呼び掛けます】


八五郎  <俺ぁ吉祥天を拝みたいんだが、どこに行けばいいかね?おい、小僧。おい、聞こえねえのか。おい、わっぱ>

小僧   <わ、なんですか。急に。急だし、失礼なお人だ。何を拝みたいって?>

八五郎  <帝釈天、じゃねえや、あれだ、あれ、吉祥天だ>

小僧   <帝釈天?吉祥天?ここまで来て、何をおっしゃってるのです?>

八五郎  <それは悪かった。帝釈天というのは言い間違いだ。ちょっとこんがらがっちまって。吉祥だ、吉祥天。どこだね?>

小僧   <はて?>

八五郎  <ん?だから、こんがらがっただけって言ってんだろ。わっぱと言ったのは悪かったよ。小僧さん?お稚児さん?はたまた、一人の童子ってか?>

小僧   <こんがらがった?童子?ああ、ああ、相分かりました。そういうことですね>

八五郎  <やっとわかってくれたかい。で、どこだ?>

小僧   <はい、こんがら童子なら、不動明王様の横におりますよ>

八五郎  <なんだい、そりゃ?聞いてること、わかってるか?>

小僧   <違うのですか?ああ、せいたか童子、せいたか童子について聞いてますか?>

八五郎  <ほう、ここから見えるあの塔か?>

小僧   <いえ、違います。よくわからないお人だ。なぜ急にあの塔なのですか?>

八五郎  <だってお前、今、あの背の高い塔に背の高い童子がいるから、着いて聞けと言ったじゃねえか>


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【落語台本】成田山(なりたさん) 紀瀬川 沙 @Kisegawa

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