第78話 コカ畑 ②学校

「ど? 一週間ぶりの学校は?」

 ひとり教室の隅の机に座っていると、女友達三人に囲まれていたアナマリーアが寄って来た。無垢と純潔がそのまま服を着たよな少女三人は、気紛れにしか学校に寄りつかない不良娘と話す友人を遠目から不安げに見ている。


 どこか文明に馴らされない野性を残したダニエリの、その美しい貌だちは同級生たちを惹きつけるどころかむしろ撥ねつける方向に働いて、同世代の少女たちには近寄りがたく感じられるようだった。

 一方のアナマリーアは貌にも仕草にもどこか幼さが漂って、ついまわりが構いたくなってしまうような愛嬌があった。親しくなった友達にはべったり甘えるのだがとっかかりは人見知りする性質たちで、そのためか友人になるのはたいていおとなしい娘たちだ。

 そんなアナマリーアが孤高のダニエリに笑顔で話しかける図は、事情を知らない者の目には奇異に映ることだろう。


「ん。最悪」ダニエリは退屈そのものって表情をアナマリーアへ向けた。「授業なんかひとっっつもわかんなかったわ。中庭に行くと男子はつまんない冗談言ってくるし、クラスの子たちは相変わらず遠巻きにしてるし。やっぱ来るんじゃなかった」

「それでも来たんだから、えらいよ」

 ダニエリの頭を撫でて、アナマリーアが笑った。


 ガブリエルが警察に捕まっているあいだ学校に来なかったダニエリは、昨日はガブリエルが大学へ出るのにくっついて行ったが、そのガブリエルからさんざん説教を受けて今日は久しぶりに学校に顔を出したのだった。

「あっち行ったら? あたしに構わないでいーよ。あたしなんかと一緒にいたら、アナが友達失くしちゃう」

「なーに言ってんの。そんなで失くすようじゃ、最初はなから友達じゃないってことだよ」

 アナマリーアは前の椅子に腰を下ろして、ダニエリの机に頬を乗っけて笑顔を向けた。

「学校に来たのって、ガビに言われたから?」

 ダニエリは不貞腐れたように顔を横に向けた。

「なんでそうなんのよ?」

「別にぃ。マカレーナが言っても来なかったのにな」

「関係ないって。……もう行きな」

 促すダニエリの額を指先で押して、左手で上半身を支えてアナマリーアは立ち上がると、

「今日は一緒に帰ろーね。先に帰らないでよ」

 背中越しに声かけ、女友達の許へと戻って行った。



  ***



「もおー。待っててって言ったのに」

 帰宅後、ベランダ伝いにダニエリの部屋へ入ってくるなりアナマリーアはベッドの上に胡坐をかいた。左手にはソーダと菓子袋。袋のなかから取り出したポテトチップとチョコクッキーを目の前で見比べ、クッキーをダニエリへと投げた。

「ダニーは甘い方ね。今日はがんばって学校に来たから、甘やかしてあげる」


「あんた、まぁたそんなひらひらの格好で。家のなかだからって油断しすぎ」丈の短いワンピースを見咎めてダニエリが眉をひそめた。「そーゆーとこ、マカレーナにそっくり」

「そりゃそうよ。あたしマカレーナ大好きだもん。ダニーもそうでしょ?」

 ポテトチップを口いっぱいに放り込んで、アナマリーアがと笑う。


「で? なんで先に帰ったのよ?」

「だってアナにはもっといい友達がいっぱいいるじゃん」

「あー、エリーたちのこと? でも今日はあたしはダニーと帰りたかったの」

 口を不満げに膨らせる。

「あたしなんかと一緒に帰って、アナの評判が落ちたらいけないし」

「つまんないこと言わないの。ダニーがいい子だって、あたしは知ってるもん」ソーダの口から泡が吹き出しそうになるのをあわてて唇ですくいとって。「だいたいね、あの子たちだって、ほんとはダニーと仲良くしたいんだよ」

 それは嘘ではない。だが級友たちがダニエリを、なんとはなしに怖れているのも事実だ、とアナマリーアは心中思う。子羊たちの集う伝統校に紛れこんだ異質ななにかを、子羊たちは敏感に嗅ぎとるものらしい。


「それでどーなのよ、ガビとはさ?」

 興味津々な顔を向ける幼馴染の視線を、ダニエリはうるさそうに受け流した。

「結局それが聞きたいってわけ」

「まーね」

 悪びれもせず、アナマリーアは憎めない笑顔を間近に寄せる。ダニエリはその問いの明るさに乗らなかった。

「どうもないよ。ガビはだれとだって仲よくなれるから。あたしのことも、特別じゃないと思う」

 さびしく笑って、ベッドに上ると並んで腰かけた。アナマリーアのもつ袋からポテトチップスをつまみ上げ、上へおおきく開けた口にぱらぱら落とす。

「たぶんあたしは妹なんだ、ガビにとって。でもそれでもいいの。ガビの隣にいられるんならそれでさ」

「ふうん。ダニーらしいね」真っ直ぐ前を見たままのダニエリの横顔をぬすみ見て、その頬を不意につっついた。

「……なによ」

 うるさそうにふり返るダニエリに、「べつにー」と返して、すぐ言い足した。

「でもやっぱり、脈があるってあたしは思うんだよな。あんたたちふたり、横から見てるといい感じだよ」

「そう? そう思う?」

 途端に目をかがやかせるダニエリの口にチョコクッキーをつっこみアナマリーアが、顔をくしゃっと崩した。

可愛かーいーねえ、ダニーは」

 アナマリーアが髪を撫でるのに素直にこうべを垂れて、ダニエリは伏せた目で膝のあたりを見つめた。

「問題は、あたしがガビに釣り合わないってことなんだ。あたしなんかがガビに触れたら、汚してしまうもん」

「なにそれ。とにかくあたしは応援してるからね。どこまでも突っ走っちまいな」

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