第71話 州警察 ⑦会食

「なあ。お前ら、なんか危ねえこと企んでるだろ?」

 その夜高層マンションの一室で情事を終えたあと、ベッドでやすむマカレーナにフアンが問いかけた。


 新市街の一等地にあるその高層マンションはフアンの隠れ家の一つ。ここにいる住民たちは、隣人が実は街一番の勢力となったカルテルのトップだとは知らない。

「お前らって、あたしと誰?」

「お前んとこのガキども。とぼけンじゃねえぞ、おれを騙せるなんて思ってねえだろ?」


 冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルをとり出しながら、マカレーナはそらっとぼけた声を出した。

「あー、あれね。ガビのことかな?」ひと口飲むと、部屋の中央のソファに転がった。からだに巻いたバスタオルがめくれて、白い腿があらわになる。「たいしたことないわ。ちょっとばかり警察をつついて、ガビを釈放してもらお、ってだけ」

 しれっと言うマカレーナを、フアンは本気で止めにかからなければならなかった。

「冗談じゃねえ、『つつく』って、なにするつもりだ? いや……言わねーでいい、いいから、なにもすンな」


「あんたには迷惑かけないわよ。ぜんぶあたしの人脈でやるんだから」

「迷惑のかからねーわけねーだろ? ……じゃなくてだな、まず自分の心配しろよ。警察は甘くねえぞ」

 ソファに寝そべって呑気に言うマカレーナの方へ、うんざりした調子で歩み寄ってうえからにらみつけた。一方のマカレーナは澄まし顔。

「なあに? 押し倒しそうな勢いね。またヤんの?」

 からかうような魅惑のポーズでちらりとバスタオルを持ち上げるマカレーナに、フアンは長いため息を吐いた。

「あいつのことは忘れろ。もともと交わるはずがなかったんだ。放っときゃ勝手に立ち直るさ」

 背を向け低く吐き捨てたフアンに、マカレーナも声の調子をあらためた。

「わかった。あたしが警察にかけあうわ。あそこの署長、いつもすけべな目であたしを見てたからね。一発ヤらしてあげれば――」

「わかってねえじゃねえか、馬鹿野郎」

「あたしは野郎じゃないってば。あんたも懲りないわね」

 負けずに言い返すマカレーナとしばらくにらみ合うと、フアンは苦虫を噛み潰したような顔をふいっと窓へ向け、黒くなった窓に淡く映るふたりを見た。

「わかったよ。おれが当たるからお前は動くな。絶対動くなよ?」



  ***



 二日後、夜。

「せいぜい着飾って来いよ」

 そう言われ、フアンに連れていかれたのは街でも有数の高級ホテルの中の日本料理店。

 案内された個室でフアンとふたり、前菜をつまみながら待っていると男女二人連れが顔を出した。

「こんなとこに呼び出しやがって。迷惑な話だ」

「そう言うな、おれだって不本意なんだよっ。くそ……まあ座れよ、ルイス」


 促されて正面に座った男は、ギャングどものなかに交ぜても遜色のない悪役顔だ。その隣、親子ほど年の離れた若い女は、フアンをっとにらむ眸の輝きが印象的だ。敵意さえ含んだような女の視線を無視して、早速フアンが切り出した。


「あの学生な。とっとと放せよ」

 冷やの日本酒を手酌で注ぎながら。

「残念だがな。あれは刑事課の獲物だ……おれにはなんともならん」

 そう言うルイスは叩き上げの公安課長だ。

「嘘つけ。お前の言うこと聞かねえ奴なんか、署内にいねえだろ」

「そうでもねーんだ、これが。最近聞き分けの悪い奴が入ってきてな。やりにくくてしょうがねー」

 赤身の刺身にたっぷり山葵わさびと醤油をつけて口に抛りこんだあと、顔をしかめた。


「へえ。鬼だ悪魔だって怖れられてたのも今は昔か」

「ばーか。神のように崇められてたんだ」

「つまらん冗談はいらねーよ。……で? その聞き分け悪い奴ってのは、なにやってる奴なんだ? 恐いもの知らずの馬鹿を見てみてえもんだな」

「目の前にいるぜ」

 ルイスは隣の女を顎で示した。

「はあ?」

 呆けた顔で聞き返すフアンから、面目ないという風に目を逸らすルイス。代わりに女が生真面目な冷たい声で話を継いだ。

「刑事一課のクロエ・メサ・ヒメネス。ガブリエルの件を担当している」

「こう見えて、連邦本部から来たエリートでな。おれがなに言っても聞かねんだ。あとはお前が直接交渉しな」


「お前の話は、この街に来たときから聞いていた。アロンソとの確執も。会えて光栄とでも言うとこなんだろうけど、犯罪者とれ合う気はないんだ」

 あらわれたときから一度も笑みを見せないクロエの眸は、いまも冷たくフアンを観察するかのよう。

「へえ。威勢のいい嬢ちゃんだ」

「ヒメネス刑事」

 と訂正すると、フアンの差し出した手を無視して海老の天麩羅を口に運んだ。

「な? この調子よ」とルイスは苦笑い。

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