第59話 アロンソ ⑦坂道
パブロとの電話を切ったあとすぐフアンは、二つめの目標拠点を攻めていた。
市の中心部から外れ、空港へと向かう道の途中に事務所を置く『自警団』の配下組織は、表では警備保障の看板を掲げながら、裏では市中に監視の網を張り巡らせて敵対組織に睨みを利かしていた。普段から合法的に武装し事務所の内外を闊歩する彼らは、荒事も得意分野だ。
今度こそは骨のある抵抗を受けたフアンは、嬉々として銃弾の雨の下に身を曝した末に、立て籠っていたギャングどもを沈黙させた。
「待て、降参だ。もう抵抗はしねえ、あんたらの下につく、ほら、こ――」
銃を捨て両手を上げた男が言いかける口のなかに銃口を捻じこんだ。目尻に涙を浮かべる男へ向かって、
「信用できねえな。その場しのぎのいい加減なこと言ってんじゃねえのか、え?」
「うそじゃねえ、信じ――」
銃を口腔に含みながら必死で口を動かす男を遮り、
「
冷たい目で見下ろした。引き
「警備システムだ。システムをあんたにわたす、そうすりゃこの街は――」
「街の監視網がおれの手に入るってわけだな」
引き鉄に指をかけたまま、冷ややかに笑った。
「なら、まずはアロンソの邸の警備を切ってもらおうか」
そして、配下の者どもへ大声で発破をかける。
「野郎ども、制圧完了だ! ナサニエルはここに残って、システムを監視しとけ! あとは最後の城攻めだ! 今日のメインディッシュだぜ」
***
同じ頃、カリブのビーチ。
「マカレーナは泳がないの?」
「じょーだん」
デッキチェアに並んで寝そべるアナマリーアの問いに、マカレーナが即答した。
アナマリーアも、退屈しのぎに声はかけたが、夜の女王が太陽の下にやわい肌を晒さないことは十分承知している。
「いーから、アナは泳いできなよ」
「だって、あたしお邪魔虫じゃん」と、波間のふたりへ目をやってアナマリーア。
「ふっふーん。邪魔したっていんじゃない? 障害があった方が、恋も盛り上がるってもんよ」
「なんであたしがその役しなきゃなんないのよ」
「いーじゃん。ここは一発、ダニーに憎まれてきなよ」
「やなこった」
大きく舌を出して、アナマリーアはデッキチェアに寝っ転がった。その視線の先で、陽の光に包まれたダニエリとガブリエルがちいさく見える。
***
フアンの車は丘の上、アロンソの邸宅を指して曲がりくねった坂道を上っていた。
警備保障会社の事務所を制圧してバンに乗り込んだのが一時間ほど前のことだ。
うしろに従えた、軍用並みの装甲を施したトラックがカーブに差しかかるたびスピードを落とすのに陽気な罵り声を浴びせながら、それでもご機嫌に進む。
足下に転がるグレネードランチャーへ手を伸ばそうとしたとき、電話が鳴った。ディスプレイに表示された名は、エリベルト。
「フアン。丘の上は壮観だぜ。トレーラー三台でバリケードを作ってる。兵隊は、ざっと二百ってとこか。狙撃手が五人ばかり潜んでるから気をつけろ」
同時にドローンからの空撮映像がライブで飛んできた。
「連中、やるじゃねーか。そう来なきゃな」
上機嫌で前座席をどんどん、と蹴る。要所々々に重火器が設置されていくのを見て、ますますフアンは浮かれていった。
「よーしよし。奴らのなかにも内戦の経験者はいるだろうからな。命懸けて、楽しくやろうぜ」
「ああ、あと、アレシャンとドメニコは内通に応じた。きっかり五時に通用門を開けることになってる。右手の通用門だ。間違って殺すなよ?」
「マジ? でかした、エリベルト! まったくいい仕事しやがンぜ、お前はよ!」
「ただし、罠って可能性も三割。油断はすんな」
「ああ、わかってる。ま、お楽しみだな!」
エリベルトの電話を切ると、すぐまた着信音が鳴った。今度はパブロだ。
「ああ、パブロか。こっちはそろそろ本丸に着くとこだ。そっちゃどーだ?」
「今移動中だ。ケツに
「いらねーよ」
とフアンは切り捨てるが、サイレンなら電話がつながったときからずっとバックでうるさく鳴り響いている。
「ドライバーは?」
「ルカ」
「なら、まあ大丈夫だな。ほどほどに遊んでやんな」
「ああ、警察はこっちに引きつけとく。それでいんだろ?」
「さっすがパブロ。わかってンじゃねーか。せいぜい死なねーよう気ぃつけろよ」
パブロと派手にカーチェイスをしていれば、警察もそうそうアロンソの本邸へ部隊を回せないだろう。……という言い訳を彼らに用意してやるのだ。
海を見下ろす丘の上、熱帯の樹々と花々、そこに惹き寄せられるは蝶に小鳥に麻薬に金塊、ならず者も政財界の大物も、スクリーンを彩る俳優女優たちまでもが
まして、街の二大勢力が正面衝突する場にわざわざ居合わせたくないというのが彼らの本音だろう。
電話を切ると、フアンは窓の外へ目をやった。陽はもう傾きかけて、遠く見える海の色が濃くなりはじめていた。
「陽が沈むまでに終わりてえもんだな」
「最後のヤマは
「ちょびっと陽が残ってりゃいーんだ。挽歌は夕べに歌うもんさ」
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