第56話 アロンソ ④前夜

 ピースメーカーを木箱の中へ戻すのと同時にドアが開いて、男たちが入ってきた。パブロ、エリベルト、ドミンゴ、イシドロ、レオン、レナート、ナサニエル。いずれも『旅団』の中核をなす幹部、フアンの腹心の部下たちだ。


「準備は?」

「武器は四か所に集めた。二百人がいつでも号令を待ってる。奴ら、うずうずしてるぜ?」

「ふん、戦争並みじゃねえか」

「懐かしいな」

 イシドロが虎の威嚇するような凄まじい笑みを浮かべる。皆、内戦の経験者だ。


「ルートは覚えたな?」

 と言いながらナサニエルへ目をやると、ナサニエルは標的とされた四カ所の見取り図を開く。『自警団』直轄の拠点が三つと、下部組織の事務所が一つ。

 『自警団』は、本体だけでなくその影響下で活動する多数の関連組織が支えている。それらは完全な『自警団』の配下というわけでもなく、なかには『旅団』の仕事をときどき手伝うものさえあった。

 その関連組織の主だったところへ、一昨日フアンは勧告を出していた。



 ――『自警団』は潰す。『自警団』に味方する奴も潰す。生き残りたい者は『旅団』につけ。



 フアンのシンプルなメッセージに対して、既に二割ほどの組織は恭順の意思を示してきた。残った組織も、多くが浮き足立っている。そのなか明確な拒否を返してきた組織の一つが、明日の攻撃対象に加えられていた。


 攻撃の最終目標は、丘の上に突き出たアロンソ邸。一本道の行き着く先に鎮座する邸宅の攻略ルートを確認しているとき、明るい電子音が鳴った。マカレーナからのメッセージ着信音だ。一行を乗せた船が島に着いたとの報を読みとったあと、フアンは満足げに顔を上げた。

「なにかいい情報でもあったか?」

 パブロが問うがフアンはただ、

「さあ、明日は忙しくなンぜ」

 とだけ言って、明日を待ちきれない若々しい表情を見せた。



  ***



 幹部たちが帰ったあとも部屋ではピオとセザルが残って護衛がてらに銃の最終確認を続けている。

 明日の襲撃を前に高揚が抑えられないのか、セザルはいつも以上に饒舌だ。生意気な発言を繰り返すセザルにピオが説教するのを苦笑いしながら聞いているところへ、ベッド脇に落としたままの携帯が鳴った。ピオが拾い上げたディスプレイにはマカレーナの名。黙ってフアンへ渡す。


「よかった、まだ生きてたわね?」

「たりめーだ、馬鹿野郎……あーちょっと待て」銃を手にこちらを見るふたりへ「黙れ」と目で合図し、「なんの用だ?」と続けた。

「ホテルに着いたわ。すんごいホテル。みんなご機嫌よ! やるじゃない、さすがフアンね。あたしたちは楽しんでくるけど、あんたはいい子で寝とくのよ」

「……そんなこと言うためかけてきたのかよ?」

「ふふーんだ。ケガしたあんたが悪いんだからね、ひがんじゃだめよ。じゃあね!」

 浮かれた声でひと息に話すと返事も聞かずに切った。


「あの野郎、なにしにかけてきやがった」

 苦笑いするフアンへ、ピオとセザルはただ肩をすくめて返した。



  ***



 寄せては返す波の音が、遠くから途切れることなく聞こえてくる。

 島内唯一のリゾートホテルの一室で、フアンとの通話を終えるとマカレーナはすぐ次の電話をかけた。

「誰に?」

 問うアナマリーアに答えようとしたところで通話がつながり、

「カタリナ? あたし」と話し出した。

「みんな元気? ん? あんたの声聞きたくなったからに決まってんじゃん。はいはい、こっちは無事……だーいじょうぶだって、あんたたちも気をつけるのよ。……それからね。この週末はアパートの中に籠って、外出ちゃだめよ。これゼッタイ。わかった? みんなにも伝えて、絶対守らせて。絶対よ」


「どーしたの? 留守の心配なんかして。めっずらしー」

 ふわふわのソファを占有するアナマリーアが言うのに片頬を上げてみせ、

「いまは物騒だからね。心配してとーぜんなの」

 それから部屋を見まわした。


 スイートのリビングはちょっとしたパーティが開けそうな広さ。キッチンには大型の冷蔵庫にワインセラー、背後の戸棚にはクリスタルのグラスがずらっと並ぶ。

 開いた扉の奥に見えるベッドルームではキングサイズのベッドのうえに、ダニエリが水着やビーチの遊び道具をひろげている。


「さて」

 マカレーナはあらためて首を捻った。

 どう数えても、ベッドルームは三つ。対してここに泊まるのは五人。

「フアンのやつ。寝室の数までは考えなかったみたいね」



 五人を三部屋に分けるなら、二人部屋ふたつに一人部屋ひとつ、が順当だろう。

「おれとナボが同室で、あと二部屋を女三人で分ければいいんじゃねえの?」

 当然という調子でガブリエルが言うと、ダニエリが止めた。

「なんで?」


 ガブリエルを除いた四人が互いに顔を見合わせる。


 やがて皆の視線を受けてナボが、気の毒そうにカムアウトした。

「あー。おれ、ゲイなんだ。それでもいいなら、おれから反対はしない」

 そして、呆気にとられて言葉の出ないガブリエルの肩に、熊のてのひらを思わせる右手を置いて、

「こう見えて、紳士的だって評価を頂戴しててね。たぶん理性を保つことはできると思う」

 と善意の塊のような笑顔で言った。気のせいか、シャツの下の大胸筋がいつも以上に逞しく見える。



 ……結局ガブリエルはリビングに吊ったハンモックで眠り、ダニエリとアナマリーアが同室になって、マカレーナとナボがそれぞれ個室を得た。

 そして、金曜の夜は平和にけていった。

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