第57話 アロンソ ⑤抗争
土曜は朝から空が青く澄みわたっていた。
迎えに来た車にフアンが乗りこんだとき、丘の上から海がエメラルドグリーンに輝くのが見えた。
「今日は一日晴れだってよ」
車のなかにいたレナートが言った。雨季の最中にもこんな日はある。
「へえ? 絶好の一日じゃねえか」
「雨のなか敵陣を攻めるってのは、やなもんだからな」
黙って頷きフアンは、雨じゃビーチも楽しくねえしな、と心中呟いた。
今日は三つの部隊に分かれて行動する。
本隊はフアンが直接指揮する。別動隊をパブロ。二隊を後方から支援しつつ最後は本隊に合流する予定のイシドロ。それらとは別に、エリベルトは隠れ家に待機してバックアップだ。
本隊が最初に向かったのは、港の倉庫。
派手にガラスを割った後マシンガンを斉射するが、反応はない。つづいて蓋を開けたドラム缶を抛りこむ。中身はガソリンだ。すぐ屋内から火の噴くのが見えた。
「ふん。だんまりか。しかたねえな」
沈黙したままの倉庫に、がっかりした表情を隠さずフアンが撤収の合図を出した。
バンに乗り込み、一発も発していない拳銃をシートに放ると、代わりにフアンは胸から携帯を取り出した。
「よお。こっちはハズレだ。そっちの調子はどうだ?」
「あー? 超ご機嫌だぜ?」
と陽気な答えを返すのは、パブロ。うしろから派手な銃声が聞こえた。
「ちぇ。おれもそっち行きゃよかったな」
「はっは! 妬くんじゃねーよ、まだ一日は長えぜ? おっと!」
ハイになった声が、すぐまたマシンガンの音にかき消される。
旧市街と新市街との間にある事務所を襲ったパブロは、どうやら当たりを引いたらしい。
「用はそれだけか? いま忙しんだよ、あとにしろよ」
つづいてすぐそばで炸裂する銃の音。パブロは電話しながら片手で応戦しているのだ。
その合間に、部下どもへ指示を与えているらしい怒鳴り声がする。
「そう言うなよ。おれにもちょっとはお楽しみのおこぼれを分けてくれたっていーじゃねーか」
目を閉じ、にやにやしながらフアン。
「てっめえ、人がせっかくノッてるときに邪魔すんじゃねー。女とよろしくやってる最中にかけてくるより
そう言いながらも電話から聞こえてくるパブロの声はあくまで、陽気でハイ。
「すまん、真面目な話なんだ」
とフアンは口調を改めると、「そっちは街ん中だからな。近所迷惑もほどほどにしとけ」
「そうも行くかよ。相手があるんだぜ? あっちも必死だ」
「わかってら。だが、世間の目は大事だ。このあと役人も警察も抱きこまにゃなンねーんだからな」
パブロがなにやら答えたが、ガラスの割れて散らばる音が邪魔して内容までは聞きとれない。
「ビデオ
「あー、さっきからちゃーんと録らせてるぜ。これで百回は
もちろん、酔狂で録っているわけではない。加工して、ネット上に流すための映像だ。目的は、イメージ戦略。正しく、強く美しいのは『旅団』。街の一角を騒乱に巻き込み人びとをとばっちりの流れ弾で危険に曝したのは、『自警団』。
そして、去就に迷う有象無象のならず者どもに、『旅団』の強さを見せつけること。
「皆にきっちりわからせてやンねーとな」
フアンが笑う。
「多少のことはエリベルトんとこがうまく加工してくれるからよ。安心して暴れるがいいぜ」
「言われねーでもそのつもりだ。っつーか、いい加減電話切りやがれ」
いよいよ銃弾の雨は烈しくなって、パブロも喋るよりは撃つ時間の方が長くなっている。
***
その頃、カリブ海上、ロサリオ諸島。
水平線の先で空と溶けあう真っ青な海の上、灼熱の太陽が輝いている。
白い砂浜をビーチサンダルで踏みしめ駆けだすダニエリとアナマリーアのうしろを、ガブリエルがゆっくりと追った。
右手にシュノーケルセット、左手には浮き輪を二つ、肩には何が詰まっているのかやたらと重いバッグを罪人のように担いで、早くも汗がひとすじ頬を流れている。
「早く早く!」
振り返って浮かれた声を上げるダニエリに、負けずに大声で言い返した。
「だったらちょっとは荷物手伝えー! なに入ってんだ、このバッグ?」
「荷物持つのは男の仕事よ」
と最後尾から言うのは、全身黒に身を包んだマカレーナ。ビーチに似合わぬ上下長袖の黒のドレスに、
それでも足りないとばかりにすぐ隣りを歩くナボが、
マカレーナは太陽の眩しさに目を細くしながら、三人を眺めた。すこし前を行くガブリエルの背中が、意外と逞しい。
「お。やらしー視線」
「くっだんないこと言ってんじゃないわよ」
邪険な目でマカレーナがじろっと睨む。気にせずナボは、口笛を吹いた。
「あの腰の締まり方。いーねえ」
にやっと笑って見せると、漆黒の筋肉を動かした。その動きにつれて、こりこりと音がする。
明るい色のパラソルが並ぶ波打ち際。最初に着いた少女ふたりがボーイたちに命じてデッキチェアを並べ直させているところへ、ガブリエルが追いついた。
「なに入ってるの、これ? やたら重いぜ?」
バッグを砂の上に置いて目を上げると、パステルブルーのビキニを身に着けたダニエリの姿が飛び込んできた。ささやかな布を紐で結んだだけの水着は少女の肌を覆いきることなど
「ど?」
小悪魔風にウィンクするダニエリ。悩殺ポーズにガブリエルは苦笑い。
「可愛いじゃん。ウィンクしなけりゃ、もっとよかった」
「えー? せっかくサービスしたげたのにっ」
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